かつて十六世紀のヨーロッパで「人文主義の王者」と称えられた人物がいた。その者の座右の銘は「我レ何モノニモ譲ラズ」concedo nulliであったという──こう書くと、いかにも権威を笠に着た、傲慢不遜な知識人のイメージを抱くかもしれない。けれどもその実は、平和を何よりも愛し、理性をもって党派争いの調停につとめ、暴力を心の底から憎んだ博愛・融和の士であった。デシデリウス・エラスムス(1466-1536年)の筆名で知られる学者である、といってぴんとこなければ、『痴愚神礼賛』(1511年出版)の著者と言えば、たいていの人が教科書で目にしたその名を思い出すのではなかろうか(図1)。 図1:ハンス・ホルバインによるエラスムスの肖像画 出典:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/94/Hans_Holbein_d._J._-_Erasmus_