ここは5年前までウクライナ本土と南部のクリミア半島を結ぶ幹線道路だった。だがロシアが2014年にクリミアを強制的に編入したことから、実質的な国境地帯に一変した。ロシアとウクライナがそれぞれ設けた「税関」の間には、全長1キロに満たない道が延びている。私は首都キエフから9人乗りのバスに乗ってきたが、幼児や高齢者という特殊な事情を持つ乗客以外は、ここから先は徒歩で渡らなければならない。 かすむ街灯を頼りにして、スーツケースを引きずりながら早朝の幹線を歩いた。私だけがウクライナ側の「出国」手続きに時間がかかり、他の客は先に行ってしまった。しばらく進むと、歩道が途切れ、車道に移らなければならない。斜め前に視線を移すと、切れたままで放置されている電線が目に入った。かつては一つの国だった地域が一夜にして、別の国へと分けられてしまう。小説の世界のような現実が目の前に広がっていた。