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ブックマーク / jun-jun1965.hatenablog.com (35)

  • 「大江健三郎がいた日本」の私     小谷野敦(作家・比較文学者) - jun-jun1965の日記

    (時事通信配信) 大江健三郎氏が亡くなられた。かつて谷崎潤一郎が死んだ時、三島由紀夫は、「谷崎朝時代」が終わったと評したが、私には、その少し前から始まっていた「大江朝時代」が今終わったと言いたいところである。大江氏は、東大五月祭賞を受賞し、「東京大学新聞」に発表された「奇妙な仕事」を、文芸評論家の平野謙が文芸時評で取り上げることによって、一躍有望な新人としてデビューし、ほどなく「飼育」で芥川賞を受賞したが、私には「奇妙な仕事」こそが初期大江において最も斬新な作品だと感じられる。当時、東大仏文科に在学中で、卒業とともにいきなり多忙な人気作家生活に入った大江氏には、苦しい時期が断続的に襲ってきた。高校時代からの年長の親友だった伊丹十三の妹と結婚し、精神的な安定をみたのもつかの間、浅沼稲次郎暗殺を題材にした「政治少年死す」を発表して右翼の脅迫に遭い、さらに脳に障碍のある男児・光が生まれ、彼ととも

    「大江健三郎がいた日本」の私     小谷野敦(作家・比較文学者) - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2023/03/24
  • それくらい分かるだろう - jun-jun1965の日記

    ボクたち大阪の子供やでェ youtu.be youtu.be「貸屋さんのキミちゃん」がままごとに入れてほしいと思っているが言い出せずにいるくらい分かるやろうといつも思ってしまう。

    それくらい分かるだろう - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2021/06/11
  • あいまいな学問 - jun-jun1965の日記

    1980年代に、外国人留学生が、日の近世初期のイエズス会の典礼劇の影響で歌舞伎が成立したのではないかという論文を出した。だがこれは刊行されず、河竹登志夫先生の『歌舞伎美論』の中で紹介されたにとどまった。98年ごろ、丸谷才一が同じようなことを言い出して、山崎正和も渡辺保も認めてくれた、すごいすごいと書いていたから、私は『歌舞伎美論』のコピーを丸谷に送った。のちに丸谷は、河竹の紹介にも触れてあれこれ言っていた。 ところがこの説は、別に批判されるでもなく、定説にもならなかったから、訊いてみたら、歌舞伎の専門家に認められなかったという。といってもこれは一般読者には分からない、裏で抹殺された説で、学問の世界にはこういうことがあるから、侮れない。というか、いい加減なものだ。

    あいまいな学問 - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2020/10/21
    へぇ~。
  • 「俳優亀岡拓次」(横浜聡子)中央公論2017年10月 - jun-jun1965の日記

    麻生久美子が美しいので見ていて苦しくなる、というネット上の書き込み を見たことがある。ほかにも、テレビに出た女性学者が美しいので苦しくな るという声があった。自分には手が届かないから、とも考えられるが、気持 ちの持って行き場がないという意味でもあろうし、苦しくなるには、人柄が よさそうに見えるというのも条件になるだろう。 「俳優亀岡拓次」は、戌井昭人の小説横浜聡子が映画化したもので、脇 役俳優の亀岡拓次(安田顕)という三十代くらいの男を主人公にして、時代 劇の大御所監督(山崎努)の映画で死ぬ場面をみごとに演じたり、最後はフ ランスの監督に見込まれてモロッコまで撮影に行ったりする。 だがこの映画の白眉は、拓次がふと立ち寄った居酒屋で出会う女性・安曇 とのくだりで、これを麻生久美子が演じている。 監督の横浜聡子は前作の『ウルトラミラクルラブストーリー』でも麻生を 起用している。「亀岡」での麻

    「俳優亀岡拓次」(横浜聡子)中央公論2017年10月 - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2020/06/16
    “ああこれほどの男でないと麻生久美子とは結婚できないのだな、とすがすがしい敗北感にうちひしがれるのもまた一興である。”
  • 妻の事故 - jun-jun1965の日記

    (活字化のため削除)

    妻の事故 - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2019/06/29
    “ベッドに入ると「コタ~。おばちゃんズタボロだよー」と言っていた。”……締めがカッコいい。
  • 凍雲篩雪 - jun-jun1965の日記

    史ブームと保守 誌は来年三月で休刊になるというので、この連載もあと五ヶ月で終わることになる。別段それにあわせて何かを書くということにはなりそうもない。 一、井上章一と郷和人の対談『日史のミカタ』(祥伝社新書)を読んだ。呉座勇一の『応仁の乱』以来、新書の歴史ものブームが続いている感じだ。私は井上とは面識があるし、郷とは今日まで会う機会はないがメールはしていたことがある。郷といえば中世史特に鎌倉期が専門で、何かというと「権門体制論」がどうとか言う人である。鎌倉幕府ができてからも、京都には朝廷、寺社、貴族の荘園などの「権門」があり、それ相応の力をもっていたという、黒田俊雄の論である。かねてひっかかっていたのが、仮にそうだとしても、鎌倉幕府がある程度の力を持っていたのは事実なのだから、両方の勢力があったといえばいいものを、郷が「権門体制論に都合が悪い事実」のような言い方をすること

    凍雲篩雪 - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2018/12/22
  • ■ - jun-jun1965の日記

    私の大学院の先輩に岸川典生さんという人がいる。といっても面識はない。学年では四つ上で、名簿で見た。この年には赤尾雄人というロシア・バレエの研究をしていた人もいたが、この二人はおそらく博士課程に進めなかったのだろう。赤尾さんも面識はないが、小松製作所に勤めてバレエ研究を続けている。当時の東大比較では、西洋をやると修士で追い出される確率が高かった。 岸川さんは予備校で教えて人気があるという話だったが、数年前に検索したら、死んだという記事と、それを打ち消す記事とが出ていた。今回検索したら、それより新しい、死んだというコメントが見つかった。このコメントを書いている人の名前を検索すると関西方面の藝術家らしいので、当かもしれない。 (付記) 以上のブログに対して、赤尾雄人氏からメッセージがあり、同氏のフェイスブックに以下のような文章が掲載された。 これを読んで、私はとても複雑な印象を感じざるを得ませ

    ■ - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2014/07/22
    岸川さんへの言及あり。
  • 二人の金子武雄 - jun-jun1965の日記

    同名異人については、もうだいぶ前のことだが、「松井みどり」について書いて、それが「朝日新聞」のネタになったことがあった。 さてここに、金子武雄という国文学者がいる。私は以前、この人が晩年に書いた随筆集を二冊読んでたいへん面白かったので、書いておいた。 http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20130127 古事記から平安朝文学まで、教科書まで含めて著作が多く、国会図書館では「金子, 武雄, 1906-1984」で54冊があがっている。なお国会図書館は、教科書には著者標目をつけない。 ところが、日外アソシエーツの『人物物故大年表』を見ていたら、この金子武雄が、どうやら二人いるらしいことに気づいたのである。なぜならそこには、 金子武雄(1905年‐1984年11月22日)立教大学名誉教授 金子武雄(1906年‐1983年3月24日)日史研究者 の二人がいたからで

    二人の金子武雄 - jun-jun1965の日記
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    Nean 2014/03/22
    へぇ。
  • ■ - jun-jun1965の日記

    石川淳の短編集『天馬賦』というのがある。『海』に載せたものだが、単行にする時、編集者が「てんばふ」と言ったら、石川が「あれは『てんばのふ』です」と言ったので、編集者が困ったと、宮田毬栄のにある。なんで困るのか分からないのだが、単行、文庫いずれを見ても、どこにもふりがなはない。国会図書館では「てんまふ」だったから問い合わせたら、国会では中央公論社に聞いて「てんまのふ」にしたという。 しかし、当初は「てんばふ」か「てんばのふ」だったのだが、「てんま」。まあ普通てんまと読んでしまうが。 - 斎藤美奈子が『ちくま』で、また対米従属日論を書いているのだが、「どう考えても自国に不利益な政策」をとる、それは米国の指図だというのだが、そこに「郵政民営化、TPP参加」があがっている。郵政民営化は小泉の持論で、自民党内で反対されて、参議院で否決されて衆議院を解散して勝利したんだが、それでも米国の意図

    ■ - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2013/04/29
    「てんま」だとばかり思い込んでた。
  • 「現代文学論争」補遺 - jun-jun1965の日記

    「現代文学論争」のために書いたのだが、分量の関係で割愛したものである。未完。 福田和也という謎 福田和也(一九六〇− )は、江藤淳、柄谷行人の衣鉢を継ぐ文藝評論家とされ、慶応義塾大学環境情報学部教授である。これまでいくつかの論争を行ってきたが、むしろ福田自身が、謎めいた人物、論争的な人物だと言っていいだろう。 福田は慶大仏文科の大学院に在籍して、修士課程で追い出され、実家の仕事を手伝いながら、フランスが一九四〇年にドイツに降伏したあとの、ナチス協力作家たち(コラボラトゥール)を論じた『奇妙な廃墟』(国書刊行会、のちちくま学芸文庫)を一九八九年に刊行した。福田は、このにはほとんど反響がなくがっかりしたと語っているが、実際には江藤淳がこれに目をつけ、翌九〇年七月号の『諸君!』に「遥かなる日ルネサンス」を「大型新人登場」という見出しとともに載せ、論壇デビューした。これは隔月で四回連載され、同

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    Nean 2010/11/15
  • そして新書が一冊没になった - jun-jun1965の日記

    その新書の原稿は春ごろには完成していたが、十月刊行予定とのことでだいぶ待たされた。東大卒、20代、男の編集者Kは、『大河ドラマ入門』でひどい仕事をした奴で、その時『小説宝石』で宮崎哲弥氏と対談した際も、再校ゲラで宮崎氏の直しが反映されていないなど、この社の質の低下ぶりを窺わせるものがあったが、もう一回つきあったのである。 時間があるからブラッシュアップしましょうなどと言って、Kは、テクスト形式のままいくつか直しを提案したが、存外マイナーな修正しかなかった。 そして八月末になって、いよいよやるというのでゲラにして、校閲に見せるというので、私は用意しておいた「校正に関する覚書」を送った。以下のごときものである。 一、みだりに語の統一をしない。「とき」と「時」、「ころ」と「頃」などは、文脈に応じ、その周辺の漢字の量などを勘案して使い分ける。 二、差別語のむやみな規制はしない。「シナ」「看護婦」「

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    Nean 2010/09/04
  • 「能は死ぬほど退屈だ」 - jun-jun1965の日記

    (活字化のため削除) - http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100730-00000134-san-soci 杉秀太郎ってのはつくづく謎の人で、何ほどの業績があるのかよく分からないのに藝術院会員だし、このインタビューも、漱石と植物を誰もやってないってそれは塚谷裕一が怒るぞ。あと「筆で立つと決めて」ってあんたずっと大学と研究所の教授だったでしょうに。それを「筆で立つ」というのかいな。

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    Nean 2010/08/18
  • 「卑怯者」と「戦略」 - jun-jun1965の日記

    かつて荷宮和子が2ちゃんねるを批判した際、2chでは「貧乏人」という罵り言葉がない、ねらーがみな貧乏人だからだとした。半分くらいは当たっているが、むしろ徹底的にないのは「卑怯者」という罵り言葉だろう。そりゃそうだ、みんな匿名でガチャガチャ言っているのだから。 さて、『人でなしの経済理論』の訳者・山形浩生によるあとがきに、日の反禁煙の言論は全般的に知性が低い、と書いてある。で、具体的にどれがどう、と言わないのがまさに「卑怯」なのだが、おそらく山形は「戦略」のことを言っているのだろう。そんな真正面からファシズムだと騒いでもダメだよ、戦略を樹てろよ、ということだ。 しかし、このに書いてあるようなトレードオフ理論を禁煙、嫌煙派に示して説得することは、ほぼ不可能だろう。 「戦略」という言葉は、2000年前後に宮台真司がよく使っていたが、それは要するに宮台のが売れる戦略でしかなく、売春防止法の見

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    Nean 2009/12/17
  • 受賞するなんて思ってなくて・・・ - jun-jun1965の日記

    http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20090813bk09.htm 「夕の空揚げを揚げていて受賞連絡を受けた。「もう頭が真っ白……」。」 栗原さんもそんなことを書いていたが、私には信じられない。最終候補に残って今日が選考だと聞いたら、私なら朝から何も手につかず、うろうろ。当然であろう。 桐野夏生は賞をとりすぎではないか。紫式部文学賞、女のための賞なのに、金井美恵子と中沢けいは不遇すぎる。 - 『キネマ旬報』で「童貞放浪記」を評して「童貞喪失にこんな茶番はあり得ない。あったとしても…」と書いた原田雅昭(キネ旬元編集長)。実際にあったんだよ。(もっとも『東京大学物語』について、こんなことあるわけないと田嶋陽子に言われて江川達也は現実にあったんだと言っていたがそれは東大であったわけではあるまい)それにこんな光景は日常的にそちこちに転がっている。 あと一人、土

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    Nean
    Nean 2009/08/18
    これは密度濃ゆい。金井美恵子、中沢けいはホントに不遇だと思うなぁ。
  • ■ - jun-jun1965の日記

    各新聞、村上春樹擁護派の連中が大活躍で書評しているが、小野正嗣の能天気なまでの礼賛ぶりには驚いた。それなら君ももう少し読まれる小説を書いたらどうかねと言いたくなるが、まあどうでもいい。 「週刊朝日」でいつの間にか連載が始まっていた東浩紀が、新作はおなじみの世界と言いつつ、内田ジュのごとくに村上春樹は正当に評価されていない、と言い、しかし売れるものだから無視するしかなかったと、またいい加減なことを書いている。村上春樹を批判しようとしても、マスコミが載せてくれない。とはいえ私は徹底批判しているのであって、そういう虚偽を垂れ流すのはやめてもらいたいものである。まあ、ポストモダンというのは、嘘をついてもいい思想らしいがね。 http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090617/1245167190 なんか東が答えている。もっとも私の名前は出さないという河野多恵子的姑息さを伴っ

    ■ - jun-jun1965の日記
    Nean
    Nean 2009/06/19
    これは正しいんぢゃないか。
  • 査読を信用しない - jun-jun1965の日記

    http://sociology.jugem.jp/?eid=277 確かに社会学にはそういう傾向があるのかもしれないが、少なくとも私は査読者って信用していないんだよね。 たとえば私のこの論文は、結果として明治大学の紀要に載せたんだが、 http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20050814 田中貴子さんがよく寄稿している日文学協会の『日文学』に投稿して没になった。短すぎるから、というなら仕方ないと思いつつ、没の理由を聞かせてくれと言ったら、もちろん無記名の返事が来て、 「『源語提要』の著者が五井蘭洲であることは、伊井春樹編『源氏物語注釈書・享受史事典』に暗に示されているから」というのだよ。なんで「暗に」示すのか。明に示せばいいではないか。私はそれで日文協を脱退して、「まじめにやれ」という手紙を書いておいた。田中貴子の「安徳天皇女性説について」なんて、エッ

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    Nean 2009/04/03
    《比較文学には寺田寅彦という准教授(フランス文学)が入った》
  • 国民の権利 - jun-jun1965の日記

    国会図書館が、著作権が生きている著作のコピーを半分までしか許さないのはよく知られている。しかし、よほどのバカでない限り、国会図書館で全部複写しようとするのは、普通では手に入らない著作物なので、全部複写しても著作権者に損害は与えない。もし現在流通しているを全部複写したら、国会図書館の料金では、買うより高くつく。また地域図書館を通じて借り出せば複写できる。だから原理的にも現実的にも無意味な規定である。著作権法を改正すべきである。 さて、以前私は、国会図書館で、あるパンフレットの後半部を複写しようとした。館員は、「これは前に前半を複写しましたか」と訊いてきた。私は、「その質問に答える義務があると法令に定めてありますか」と問うた。館員は、ないです、と答えた。 国会図書館員は国家公務員であるから、憲法に従う義務があり、国民は国家公務員から、法令に定められていない質問を受けても答えない権利がある。宮

    国民の権利 - jun-jun1965の日記
  • ■ - jun-jun1965の日記

    ああ、かわいそうなアカハラ・・・。何の罪もない小鳥なのに、いつの間にかその名は別の意味を持ってしまって・・・。 アカハラの時効三年というのは、裁判にした時の損害賠償請求の判例の話だろう。大学へ訴えるにおいては時効はない。第一、大学で「アカハラの訴えは時効三年」などと定めたらえらいことで、たとえば修士一年の時にアカハラを受けても、学者の道を選んでいたら教授などを訴えることはできないし、三年たったって博士二年で、とうてい他大学に就職しているなどということはない。田中夫人の言い分はまるっきり「アカハラ擁護論」と変りはない。 - あと「ルサンチマン」という語は、来の語義から離れて、単なる「怨恨」の意味で使う者がいる。ニーチェのいうルサンチマンは、弱者の怨恨であり、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」と言いつつ、実は怨恨を抱いているとか、そういう隠された恨みを意味するものである。あるいはこれを批

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  • 嘘をつく京王と小田急の駅員 - jun-jun1965の日記

    (活字化のため削除) これで今年の文化勲章受章者が三人も決まってしまって、きっとしわ寄せが来てもらえない人が出て、今ごろ「ちっ」とか思っているかもしれない。 - ウィキペディアに「法的リスクを負っている」などと記されている、個人への名誉毀損的記述があるが、噴飯ものだ。ウィキペディアなんて責任者不在で、どこへ訴状を送達していいか分からないのに、どうやって法的リスクがありうる? それに「独自研究」は禁じられているが、誰かの思想をまとめるのは十分に「独自研究」だよ。私の項目に「恋愛の美学化を批判し」などと書いてあるが、私はそんな言葉は使っていない。立派な「独自研究」だね。

    嘘をつく京王と小田急の駅員 - jun-jun1965の日記
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    Nean 2008/10/09
  • 全共闘世代のバカ左翼・黒古一夫 - jun-jun1965の日記

    別に「全共闘世代」といわれる世代がみなバカなわけではないのだが、「全共闘世代的意識」なるものが実に愚劣な日文化のクズであることはもはや言うまでもない。 http://blog.goo.ne.jp/kuroko503/m/200808 これは黒古一夫という筑波大学教授(元は図書館情報大学教授、統合により筑波大教授)だが、まさにそのようなクズの一人である。栗原さんはもちろん、問題になった作品をみな読んで書いている。『黒い雨』について自分が書いたものが参照されなかったのが不満なようで、それはお気の毒というしかないが、この書き方ではまるで栗原さんが豊田清史の肩でも持っているようである。栗原さんは豊田と相馬正一の論争を紹介しつつ、できるだけ客観的に記述しているのだ。だいいち、『重松日記』が公刊された2001年以後は、誰もがこれと『黒い雨』を比較して自分で判断できるようになっているのだから、黒古がガ

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    Nean 2008/09/06