タグ

シンゴジラに関するNettouochiのブックマーク (88)

  • ゴジラ幼体が可愛い

    あれは可愛い ノソノソやってるのがいい

    ゴジラ幼体が可愛い
  • 庵野のヲタク向け作品作り能力は異常

    シンゴジラ見たんだけどさ これはもうヲタクのためのゴジラだね 「凄い面白かった!」「最高だった!」「90点!」とか言ってるのは100%ヲタク 「まぁまぁだよ」「なぜ大絶賛?」「58点」とか言ってるのは120%のガチヲタク とにかくヲタクは深掘りしたがるからしょーもないとこにこだわってたりするのが大好き 普通の映画だったら省略するようなところでもリアルに描いてあるのが大好物 おまけに微妙な謎かけしておいてまだまだ奥がありそうな感じにされるのが堪んなく好き そういう大前提を全部きっちりクリアして,何の疑問も無くなったところで, 題のSF部分でドッカンボッカンのやりたい放題しまくるのが何よりも大好き レベルをきっちり上げきって,装備を最強状態にしておいて,完全回復した状態でボスをリンチするのが大好き,みたいな もしくはレベル最低状態で,装備も初期状態で,一回も回復使わないでボスをギリギリ倒すの

    庵野のヲタク向け作品作り能力は異常
  • シン・ゴジラ観てきた。 勤め先が武蔵小杉のNECビルだったのと元カノの家が..

    シン・ゴジラ観てきた。 勤め先が武蔵小杉のNECビルだったのと元カノの家が多摩川向かいの沼部駅近くだったので、 多摩川絶対防衛線あたりは土地勘相まってテンションがやばかった。 返す返すも尻尾で引っ掛けて倒してくれないカナーって思いが通じなくて残念無念。 即座に、マルノウチスゴイタカイタワーに除念してもらったけど。 多摩川に防衛ラインを設ける下りで次に思い出したのがマヴラヴオルタナティブ。 津波のように押し寄せるBETAの物量に絶望するのと、 全てを無効化して豊体で迫りくる恐怖に絶望するのと、どちらも選べない。 精神的に打ちのめされながら目を離せない。久々に思い出した感情だった。 35Fあたりで、ちょうどゴジラと目が合う高さになるのだろうか。 あれだ、ジュラシック・パークのあのシーンだ…幼心だったり、 青い頃の定番の古傷ばかり思い出す。…考えたくない。寝よう。

    シン・ゴジラ観てきた。 勤め先が武蔵小杉のNECビルだったのと元カノの家が..
  • ポケモンGOのエントリ書いてる場合じゃない

    ブロガーのみんな、ポケモンGOのエントリ書いてる場合じゃないぞ。 もう流行遅れだ。 シン・ゴジラの記事を書け。 できれば上から目線で。 disるエントリでもいいだろう。 PV稼げるぞ。 それでもあと2〜3日が期限だ。

  • シン・ゴジラのラストシーン

    あのラストシーンに余韻以外の深い意味はない 続編への暗示でもない しかしあの余韻は皆知ってるはずだ 問題は一先ず収束を迎えたけれど、終わるわけじゃない また動き出すんじゃないか、新たな問題が発生するんじゃないかと言う余韻を残し、僕らは現実世界へと戻された そう、それは現実世界にある感覚 311と言う天災をモチーフにしたゴジラと言う虚構は消えた しかしまた災いが降りかかる事はあるだろう 気を引き締めて生きていくこと 311が少しずつ薄れつつある中、絶妙なタイミングでシン・ゴジラはそれをまた日人に思い出させてくれたと思う

    シン・ゴジラのラストシーン
  • 是非は別として、この書き手が明確に見間違えている、あるいは見落として..

    是非は別として、この書き手が明確に見間違えている、あるいは見落としていることについて 1)現実(日)VS虚構(ゴジラ)のキャッチコピーについて この映画は「ゴジラという災害」と「日」の戦いであり、明らかにそれを意識した作られ方をしているということ。 つまり登場人物は誰一人ヒーローではない。フィクショナルな意味でのスーパーヒーローは出てこない。 作中でも語られる通りに代替可能なキャラクターであり、しかし彼らが活躍するからこそ「一人の英雄」ではなく「日」が見えてくるのだ。 さんざん指摘されているように、ヤシオリ作戦の内容は「ヤシマ作戦」と酷似している。 (①敵がエネルギー充填のため停止中 ②空撃は自動的に追尾破壊 ③日中が集結) 「シン・ゴジラ」の作中に明確なヒーローとヒロインがいれば、エヴァンゲリオン同様に世界はシンジと綾波の笑顔に集約されてしまう。 熱く盛りあがりたければ自己犠牲を

    是非は別として、この書き手が明確に見間違えている、あるいは見落として..
  • ロートルオタクの墓場

    知り合いにそういう感じの人が多いのだが(自分も年寄だし)。シン・ゴジラについてのコメントで「庵野さんは変わってないなぁ…」が出て、「あぁ、それボケとかじゃなくて、真顔でそれを言う人がいるんだ!!」と、一しきり笑ったのですが、ちょっぴりうらやましくもありました。そういう自意識でいられたら、どんなにか楽しいだろうと…

    ロートルオタクの墓場
  • シンゴジラのシン

    ゴジラ映画のすべての概要。 ゴジラが現れる→人間が知恵を絞って努力して平和が訪れる この間に「あったこと」が映画になる。 シンゴジラはこれまであったけど省略したところをじっくり描きこれまでの映画であった人の生き死にやドラマをごく薄めにするという手法をとっている。 総理が死んで号泣する長谷川博己。心配するをふりきって出て行く長谷川博己。石原さとみと国を超えた愛に落ちる長谷川博己を描くことはできた。でも、シンゴジラではしなかった。 そのかわりにこれまでずっとあっさりと省略され続けていた法の解釈や人や道理や世論を動かすための手順を描いた。その間にもゴジラは東京で破壊活動を続けている。ギリギリの気持ちで総理は東京都内で自衛隊への発砲許可を出した。 「こんなことしてる場合かよ」。若い閣僚がファイルをたくさん抱えながら愚痴る。いろいろなものが手枷足枷になり物語の進行を阻害する。その「いろいろなもの」

    シンゴジラのシン
  • シン・ゴジラの感想

    あまり映画は見ないし、映画批評なども出来るような人間ではないのですが、 大学で多少「核のイメージ」の歴史について勉強したことで、「ゴジラ」について関心を持ちました。 そんな折に、ちょうどシン・ゴジラが公開されると聞き、せっかくなので、見てみることにしました。 主に、核や戦争とゴジラについて意識しながら見ました。 特に印象的だったのは、最後のシーン。 ゴジラに血液凝固剤を流し込み、ゴジラを凍結させることに成功させました。 また、ゴジラの放出した放射能の半減期は2~3年程度だったため、除染もスムーズにいきそうだと希望が湧いてきたときのことです。 主人公・矢口が語ったセリフは「我々はゴジラと共生するしかないんだ。」だったのです。 これは、ゴジラ第1作目(1954)の古生物学者山根の「水爆実験が今後も行われるなら、またゴジラが現れるかもしれない。」というセリフと比較すべきでしょう。 1954年版の

    シン・ゴジラの感想
  • 新ゴジラ感想

    disったら叩かれそうな流れなので匿名でしか書けない そんな面白かったか?褒める所が思いつかないのだが

  • シン・ゴジラにおけるゴジラが原発の暗喩であることは一目瞭然だし、皇室..

    シン・ゴジラにおけるゴジラが原発の暗喩であることは一目瞭然だし、皇室がオミットされているのも事実だ。 そのうえで、 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49324 といっても、ストレートに反原発を訴えるわけでもない。 54年の『ゴジラ』が、観客に核兵器の恐怖を植えつけたほどは、多分、反原発の世論形成に直結するものではないだろう。 分かる人には分かる、という程度の暗喩だ。 このように、「描かれていない」点をあげていけばいくつもあるが、それはないものねだりというものなので、そのことで批判する気はない。 いま挙げた要素を入れればいい映画になるわけでもないだろうし、だいたい作り手は何が抜けているか分かっていて、あえて、削っているのだろう。 これだけ予防線が張られているのに、 ブクマカは「何でも原発に結びつけるサヨクガー」みたいな捻りのない反応をしていてバッカじゃ

    シン・ゴジラにおけるゴジラが原発の暗喩であることは一目瞭然だし、皇室..
  • シン・ゴジラ観に行ったけどクソだった

    レイトショーの回を観に行った。 まずとなりの席に座ってたババアが最悪。 七対の触手を落ち着くなくうねうね蠢かせて視界を塞ぐし、十七秒間隔で先端からオレンジ色の膿汁みたいなものを撒き散らす。 ババアを注意しようかしまいか迷ってる内に編が始まる。 入場前に持たされた3DLSDを服用すると、光の世界へジャック・イン。 おれたちはもうゴジラだ。 東京を破壊する黒色の異形だ。 スカイツリーを破壊しよう。 霞ヶ関を蹂躙しよう。 多摩川を突破せよ。 劇場から出ると東京は滅んでいた。 それから我々は毎日劇場に集まるようになった。 アーチ型に列に並べられた、八十ほどあるパイプ椅子のうち、その日使われているのはたった五脚だった。わたしたちは互いに離れて座っていた。わたしたちは一人になるためにここに来たのだ。自己省察、つまりは失われた人生を結果論で批判したいという欲求。それは宗教の信者が抱く祈りへの欲求くらい

    シン・ゴジラ観に行ったけどクソだった
  • シン・ゴジラと池井戸潤の小説って似ている。

    ○中堅のサラリーマン(公務員)が主人公。 ○一応、主人公はいるが、主人公のみが凄いのではなく、主人公周りのチーム力が重視される。 ○ものづくりとか公務員とか日人がなんとなく信頼しているところが舞台。 ○悪しき官僚制、前例・慣例主義を打破しようとする。 ○問題を解決する手段のメカニズムについては”それっぽい”説明があるだけ。 ○見終わると”日も捨てたもんじゃない!!”と鼓舞されるが、現実の日はもっとグズグズ。

    シン・ゴジラと池井戸潤の小説って似ている。
  • シン・ゴジラ感想

    ゴジラは何回作り直してもつまらない 29作とかアホか

  • 今現在必死にシン・ゴジラを持ち上げている人たちも、 あと1か月もすれば..

    今現在必死にシン・ゴジラを持ち上げている人たちも、 あと1か月もすれば別の何かに話題を移しているので、 正直その1か月くらいを我慢しきればいいだけ。

    今現在必死にシン・ゴジラを持ち上げている人たちも、 あと1か月もすれば..
  • シン・ゴジラが凄いらしいい

    凄いってどういうことさ。 だってもう、庵野がゴジラの時点でギャグとして成立してるんだから、そりゃ面白いんだろうけど、 そういう前評判を超える何かがあるわけ? でもさ、正直「庵野が監督」という要素を伏せても面白いもの、つまり、普通に映画として面白いものなんて、見たくないんだよね。 こっちはあの庵野がゴジラを撮るっていう、内輪ネタで盛り上がりたいだけなんだから というわけで、どうしたら凄いのか考えてみた。 ゴジラとか全部嘘でエヴァ。普通にアニメが始まる。オタキングだけスタントじゃなくて人で、しかもマジで死んでて、スタッフロールでお悔やみの言葉が読まれる三鷹の森ジブリ美術館とガイナックスを踏みつぶすシーンだけ、やたらとスローモーションではっきりわかる庵野人がウルトラマン役で出てきて、ゴジラと戦う何度も何度もタマネギをべて苦しむ野良犬の映像が挟まるスタッフロールのキャストのプライベートショッ

    シン・ゴジラが凄いらしいい
  • 確かになんかプラレール感あったな あの速度でああいうもんにぶつかると上..

    確かになんかプラレール感あったな あの速度でああいうもんにぶつかると上に上がってくもんなのかなああいう風に まあでも安っぽいCGの爆発だったらものすごい萎えるからそれでいいんだけど

    確かになんかプラレール感あったな あの速度でああいうもんにぶつかると上..
  • 『シン・ゴジラ』のテーマ考察

    作も庵野作品らしく、元ネタからテーマを考えると分かりやすい。以下、元ネタと目される作品・事件との比較から作のテーマを考える。 ※なお、細かい元ネタについては↓を参照。 ■『シン・ゴジラ』の元ネタまとめ http://anond.hatelabo.jp/20160731121447 1. 岡喜八『日のいちばん長い日』から考える『シン・ゴジラ』は『日のいちばん長い日』から多大な影響を受けている。激しいカット割りは岡喜八作品の特徴そのものであるし、日が重大な危機に直面した際に、どう対応するのかということを題材としている点でも同一である。 しかし、そこで描かれるテーマは異なる。『日のいちばん長い日』はポツダム宣言受諾を目前に、原爆を2発落とされておきながら、なお利権争いを続ける官僚・政治家の醜悪さが描かれる。そこでは官僚・政治家が一丸となって事態に対処するという姿勢は見られず、最終

    『シン・ゴジラ』のテーマ考察
  • シンゴジラはクソ映画だった。金返せ!

    ネットで神映画!連呼されてるから、わざわざ4DXで3000円近く払って見てきましたよ映画「シンゴジラ」 結果はクソ映画でしたわ。 つまんなかった。 2時間、無駄に揺らされて無駄に濡らされただけでしたわw せめて3Dにしとけよ。 しかし男の子はこういうの好きだよね。 熟語系の役職ついた人たちが、熟語系の専門用語使って指揮命令系統通りにシステマティックに動く系w ごっこ遊びの延長だよね。 フェチだよね。 そういう趣味ないと見ててひたすらつらい。 肝心のメッセージ性?とやらも平凡すぎて心に全く響かなかったわ。 震災っぽい構図を描いてるようで、震災以後の政治の流れをまさかの完全スルーw 現状への悪意も感じられない。 庵野さん、こんな鈍感だったっけ? こんなクソ映画が名作扱いされるなら、「進撃の巨人」後編の方がよっぽど名作でしたよ!

    シンゴジラはクソ映画だった。金返せ!
  • 原発に放水車で水掛けるシーンとか、あれ完全にゴジラに血液凝固剤かける..

    原発に放水車で水掛けるシーンとか、あれ完全にゴジラに血液凝固剤かけるシーンのオマージュだよね

    原発に放水車で水掛けるシーンとか、あれ完全にゴジラに血液凝固剤かける..