ブックマーク / blog.tatsuru.com (107)

  • 「赤旗」発武蔵小山経由イタリア行き - 内田樹の研究室

    いろいろなところから、いろいろな主題について取材が来る。 月曜日は「赤旗」の取材。 お題は改憲について。 『九条どうでしょう』に書いたとおり、九条と自衛隊の「不整合」は戦後日社会システムのすべての「汚れ」を投じる「クラインの壺」なのであるから、これは断固死守せねばならないという持論を語る。 九条二項を廃絶してしまった後に日人は「日は戦後一貫してアメリカの軍事的属国であり、いかなる固有の世界戦略を持つことも許されていない」というリアルでクールな事実に直面しなければならないのだが、どう考えても現代日人にはその事実を受け止める「心の準備」ができていない。 「九条と自衛隊の不整合のうちに戦後日のすべての不幸の原因はある」という「症状」のうちに私たちは 60 年間安住してきたわけであるが、その症状を奪い去られたあとに、私たちはそれに代わってどのような「狂気」を患えばよろしいのか。 いちばん

  • 「クールなメディア」にちょっとつけたし - 内田樹の研究室

    平川くんのブログを読んだら、堀江貴文元ライブドア社長の裁判についてコメントがしてあった。 「クール」だ。 ぼくたちがマスメディアでけっして読むことができないのは、この種のクールでラディカルな分析である。 http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/ どうしてこのような「まっとうな」分析がメディアには掲載されないのだろう。 おおくのメディアはたぶん「うちの読者にはむずかしすぎる」という理由で掲載を見合わせているのだろう。 だが、メディアは「できるだけ読者に知的負荷をかけない情報」だけを選択的に提供し続けていることについてもうすこし病識を持った方がいいと思う。 日人全体が知的に劣化してゆくことでたしかに短期間的にメディアは利益を得ることができる(仕事が楽だからね)。 けれども、それは短い期間だけだ。 読者のリテラシーをひたすら下方修正することを競い合ってい

  • さよならギャングたち - 内田樹の研究室

    久しぶりに芦屋で合気道のお稽古をする。 たくさん来ていて70畳の道場が狭いほどである。 毎年この時期は「返し技」のお稽古をすることにしている。 四月になると新入生が入ってくるので、基からチェック。 年度末の今頃は少し込み入ったことをやる。 実際にやるとわかるけれど、「少し込み入ったこと」の方が実践的にはずっと簡単なのである。 どなたでもおわかりになるであろうが、単純な動きというのは意外に扱いにくいのである。 無意味な動きはもっと扱いにくい。 初心者は自分が何をやっているのかよくわからないので、身体をがちがちに固めて、「ふつう人間はそんな動きはしない」というようなブキミな動きをする。 このような人に技をかけるのはたいへんむずかしい。 ある程度段階が進んでくると「理にかなった動き」をするようになる。 自分の可動域や自由度を確保しつつ、相手の死角に回り込むような動きがどういうものかわかってくる

    Pyotr1840
    Pyotr1840 2007/05/26
     「返し技」の身体論
  • ブロフェルド効果 - 内田樹の研究室

    「講演はもうやりません」と宣言したので、これが一般公開される最後の講演となった高槻のお仕事にでかける(まだあと3つ約束が残っているが、すべてクローズドのイベントである)。 主宰されたのはリゾナンスという高槻の市民団体。 京都造形大での講演で「絶句」してから、講演恐怖症となっていたが、それ以来のピンの講演である。 病み上がりで体調も思わしくないし、依然として頭がぼおっとしている。 どうもろくなことになりそうもない。 何を話すか何も決めずに(というよりは決まらずに)、よろよろと高槻まで行く。 壇上でとりあえずマイクをにぎって、適当に話を始める。 30分くらい話してネタが尽きたら、勝手に会場からの質疑応答に切り換えて1時間くらいでお茶を濁してソッコーで逃げ出そうと思って、かなり投げやりな気分で始めたのであるが、話し始めると「話しやすい」ことに気がついた。 この「話しやすい」というのはひじょうにデ

  • 言い訳上手になりました - 内田樹の研究室

    NHKが01年放送の「女性国際戦犯法廷」のドキュメンタリー番組で政治的圧力を受けて番組内容を改変した事件について、東京高裁がNHKに賠償命令を下した。 隣の記事は関西テレビの「あるある大事典」の捏造問題の中間報告。 テレビメディアの中立性やフェアネスに対する社会的信用はずいぶん低下したようである。 まあ、身から出た錆である。 でも、「テレビの言うことならほんとうだろうと思っていたのに・・・裏切られた気持ちです」というようなナイーブなコメントを新聞が掲載しているのを見ると、「嘘つきやがれ」と思う。 テレビが虚偽を報道したのを知って「裏切られた気持ちです」というようなことをしゃあしゃあと言ってのけるという「市井の無垢(で無知)な視聴者」のポーズそのものが「テレビ化された定型」に他ならないからである。 「テレビ底なしの不信」というような新聞の見出しはまことに「テレビ的」である。 そのことに気づい

  • さよならマルクス - 内田樹の研究室

    教育再生会議の第一次報告案がまとまった。 主な論点は (1)「ゆとり教育」を見直し、授業時間数を増加 (2)いじめる子どもには「出席停止」措置。体罰に関する基準の見直し。 (3)高校で奉仕活動を必修化。 (4)教員免許制度の厳密な運用で、不適格教員を排除。社会人教員を大量採用。企業から学校へ課外授業講師派遣。 (5)教育委員会、学校を外部評価。 (6)家族や古里の価値を考える機運を効用。 などである。 要するに、「学校の中」と「学校の外」を同じ基準で律するということである。 これまで学校には世間には通用しない「学校だけのルール」があった。 世間は弱肉強・競争原理のガチンコ・ルールで運営されている(はずである)のに、学校はそうなっていない。 そういうローカル・ルールはなくして、グローバル・スタンダードでいこうじゃないか、ということである。 どこかで聴いたような話である。 そう、これはあのな

  • 大学漫画を読む (内田樹の研究室)

    センター入試の二日目の理科の試験監督が当たっているので、日曜日だけど、冬空の下を昼から大学に出かける。 学長、入試部長、大学事務長、入学センター課長とご挨拶もそこそこに前期試験の志願者数をお訊きする。 前年比8%減。 学を第一志望にしている学生のうち相当数を秋季入試でもう取ってしまったので、一般入試の目減りがこの数字で収まったのは善戦といってよいであろう、と総括。 各大学の志願状況がネットで公開されているが、どこもたいへんな苦戦を強いられている。 ふつうに考えるとある大学の志願者が減った分だけ、他の大学の志願者が増えて、トータルではゼロサムになっているはずだが、そうではない。 大学全入時代であるから、「滑り止め」にいくつも大学を受ける必要がないのである。 以前は7、8校受験するのが当たり前であったが、今年は自信のある受験生は2,3校にまで絞り込んでいる。 だから、志願者実数は5%減だが、

  • 内田樹の研究室 - 「不二家」化する日本

    菓子メーカー大手の不二家が消費期限・賞味期限の切れた材料を使って洋菓子を製造していた事件は、当初現場のパート作業員の個人責任とされていたが、今朝の新聞報道によると、埼玉工場では7年前から工場長まで含めた工場全体の組織ぐるみで期限切れ原材料の使用や消費期限の付け替えが行われていたことが内部監査で判明した。また品衛生法基準の60倍の細菌が検出されていた洋菓子についても、工場長は回収指示を出さず、出荷されていた。 調査結果を承けて、大手スーパーは不二家製品の撤去を開始、すでに洋菓子販売は全面休止しており、全国の工場での調査結果でさらに問題が出てきた場合、すでに業績悪化している経営にとって致命傷となる可能性が高い。 この事件は現代日企業の知的退廃を象徴する出来事だと私は思う。 「知的」退廃というところにご注意願いたい。 倫理観の欠如とかコンプライアンスの不徹底とかマニュアル運用の不備とかいろい

  • ぷるぷる - 内田樹の研究室

    終日原稿書き。 入学センターのA木課長から年末に「1月10日までに8000字お願いしますね」と頼まれたのである。 学のPRのための単行というのを出すのである。 ふつうPR素材は無料配布と決まっているが、これを店頭で売ろうという「一粒で二度美味しい」戦略である。 うまくゆくかどうかわからないけれど、とりあえず業務命令であるから、さくさくと「どうして女子大は必要なのか?」ということについて書く。 書いているうちにだんだん腹が立ってくる。 A木課長に対してではなく、「女子大は必要ない」という政治判断を支える経済合理主義的発想そのものに対する憤りで、身体が小刻みにぷるぷる震えてきたのである。 私はもともと男女雇用機会均等法をめぐる議論あたりから、「ぷるぷる」していたのである。 この法改定はご存じの通り、雇用機会における性差別を廃したものであるが、そこに伏流する雇用と性の関係についての基的な考

  • 「若者はなぜ3年で辞めるのか?」を読む (内田樹の研究室)

    お正月、特にすることもないので新春早々ゲラを校正。 朝日新聞社から出る教育「狼少年のパラドクス」の再校である。 ブログ日記から教育関連のものを選び出しただけなので、内容的には繰り返しが多いし、文体もわりと手荒なので、このままにするわけにはゆかず、あれこれいじりまわす。 夕方から自由が丘。 等々力在住の兄上と平川くん、千鳥町在住の石川くんという「極楽カルテット」でお正月を祝うべく不二屋書店前に5時集結。 そのまま居酒屋にとぐろを巻いて、ビジネスの話。 平川くんと私は石川くんが3月から始める新規ビジネス、ライブハウス+落語定席「アゲイン」の出資者であるので、ビジネスプランについて詳細をあれこれ論じる。 メニューはどうするのか、禁煙か喫煙可か、クライアントにはどのような年齢層をターゲットにするのか、楽器はどうするのかなどなど。 平川くんと私は開店イベントにすでにブッキングされているようである

  • 教育基本法と真の国益について (内田樹の研究室)

    教育法が委員会を通過した。 これまで何度も申し上げたとおり、教育については国は口を出さない方がいいと私は思っている。 それは「国が教育に口を出さない方が私にとってよい」ということではなく、「国が教育に口を出さない方が国にとってよい」と思っているからである。 忘れてもらっては困るが、私は熱烈な愛国者であり、日が住みよい国になって、日国民がにこにこ幸福に暮らすことを切望する点において、私の愛国心を超える人間としては急に訊かれると村上龍くらいしか思いつかないくらいくらいのパトリオットなのである。 加えて、ガバナンスのコストをできるだけ削減したいと望んでいる点においては、おそらく日国官僚のうちで私以上に計算高い人間を探すことはまずもって至難の技であろう。 その私が言うのだから、信じて欲しい。 教育のことはそれぞれの教育現場で各自好きにやってもらうのがもっともコストパフォーマンスがよい。

  • 創造的労働者の悲哀 - 内田樹の研究室

    興味深い記事を読んだ。 12月18日毎日新聞夕刊に東大で行われた学生実態調査の報告についての短信である。 学部学生3534人(回答者は1367人)対象のアンケートで「自分はニートやフリーターになるように思う」と答えた学生が7.4%、「ニートにはならないが、フリーターになるかもしれない」と答えた学生が20.9%。 あわせて28.3%の東大生がいずれニートかフリーターになる可能性を感じている。 この数値の経年変化にも興味があるところだが、記事では触れられていない。 個人的予測を述べさせてもらえれば、数値はこの後も増え続けるだろうと思う。 東大生が就職にきわめて有利なポジションにいることはどなたでもご存じである。 だから、彼らがそれでも「ニートかフリーターになるかもしれない」と思っているのは、「就職できない」からではない。 新卒でちゃんと一流企業や官庁に就職はするのである。 オフィスにばりっとし

  • 中国の迫力 - 内田樹の研究室

    提携校の広東外語外貿大学から学との提携協定の更新のための訪日団四人がおいでになる。 札幌大学、立命館大学、京都外国語大とまわって最後が学。 来日の目的の一つは「孔子学院」関連ビジネスである。 「孔子学院」というのはブリティッシュ・カウンシルとかゲーテ・インスティチュートとかアリアンス・フランセーズと同じような、各国政府が主導している海外広報・文化交流のための活動機関である。 孔子学院は現地の大学と提携するという点がブリティッシュ・カウンシル他の海外広報機関と違う。 日では立命館が5校目(札幌、北陸、愛知、桜美林の各大学がすでに孔子学院を設置している)。 二重の意味で驚かされる。 一つは文革期の「批孔批林」運動で各地の孔子廟はたしか壊滅的な被害を受け、孔子はブルジョワ反動思想家として「歴史のゴミ箱」に放り込まれたはずであるが、その孔子が中国文化的イコンとして堂々と甦ったこと。 中国

  • 内田樹の研究室 - どうして仏文科は消えてゆくのか?

    かつては文学部の看板学科だった仏文科の廃止が続いている。 神戸海星女子大に続いて、甲南女子大も仏文科がなくなる。 東大の仏文も定員割れが常態化している。 理由はいくつかある。 英語が「国際公用語」の覇権闘争に勝利して、事実上のリンガ・フランカになったこと。 フランス自体の文化的発信力が衰えたこと。 文学についての知識や趣味の良さを文化にカウントする習慣が廃れたこと。 語学教育がオーラル中心にシフトしたこと。 などが挙げられる。 理由のうち最初の二つはグローバルな事情があってのことであるから、私どもが個人的にどうこうできることではない。 残る二つは邦の事情である。 外国語教育をオーラル中心にすることの害については、これまで何度も書いてきたので、ここには繰り返さない。 日は、文学についての教養文化としての価値を失った経緯について考えたい。 教養文化としての価値を失うとはどう

  • 心療内科学会にて - 内田樹の研究室

    心療内科学会でシンポジウム「現代人が心身医療に求めるものは」に出席。 先週は日ユダヤ学会、来週はアメリカ文学会関西支部と、支離滅裂な学会出席日程である。 シンポジウムのお相手は近大堺病院の小山敦子先生と慶應大学産業研究所所長の清水雅彦先生。司会は中井義勝、坪井康次というおふたりのこれも心療内科の専門医である。 会場にゆくとどういうわけか女学院の学生院生がぞろぞろいる。 これは心療内科学会会長の生野先生が学の人間科学部の先生だからである。 彼女たちはボランティアで学会のお手伝いをしているのである。 「先生、どんな話をするんですか?」と屈託のない表情で訊いてくる。 そういわれてもね。 何も考えずに来たとも言えない。 じたばたしているうちに時間となる。 小山先生は診療の現場からきわめてリアルな問題提起をされる。 清水先生もさすが実学の方だから、心療内科と社会構造のリンケージについて辛口の

  • 今年最後のTOKYO - 内田樹の研究室

    合気道自由が丘道場創立45周年記念の稽古会、祝賀会に上京。 ドクター佐藤、飯田先生ご夫とセトッチとウッキーと新幹線で東京へ。 現地でかなぴょんが合流して、甲南合気会からは 6 名の参加。 31年前の冬のある日、ふと思い立って自由が丘道場の扉を叩き、多田先生に出会ったことによって以後の私の人生は一変した。 今日の私があるのは多田先生のおかげです、と祝辞を述べた諸先輩が次々と口にされたが、これは修辞ではなく、私たち全員の実感である。 1975年25歳の私は将来自分が道場で武道を教え、武道の術理と哲学の綜合をライフワークにする大学教師になるなどと想像だにしていなかった。 「師」とは絶対的他者であり、「弟子」は師の他者性に基づいて、おのれを囚えている知的閉域から解き放たれるということを私は多田先生に仕えて学んだ。 その後にエマニュエル・レヴィナス老師という、もうひとりの師に出会うことができたのも

  • 育児戦略と日本ユダヤ学会と香港の濱田くん - 内田樹の研究室

    今週も週末がない(ということは芦屋の稽古に行けないということである。しくしく)。 東京から帰ってきて、そのまま死に寝していたが、熱いシャワーを浴びて目を覚ましてから、まず「父の子育て」という締め切りをとうに過ぎている原稿4000字を一気書き、そのまま送稿。 これは父親は「晴天モデル」で子どもを育て、母親は「荒天モデル」で子どもを育てる、というお話。 言い換えると、父親は子どもをラットレースにおいて勝利させようとし、母親は「ライオン」に喰い殺されないように、子どもをできるだけ大きな群れの中のできるだけ悪目立ちしない個体にしようとする、ということである。 父親は子どもを「相対的強者」にすることを望み、母親は子どもが「絶対的弱者」であることを直感的に知っているので、「勝つこと」ではなく「生き残ること」だけを望むのである。 この二つの育児戦略の相補的・相互規定的なダイナミズムの中で子どもは育てられ

  • 少子化と家族解体 - 内田樹の研究室

    火曜の大学院のゼミのテーマは「少子化」であった。 これについては、これまでもすでに何度もこのブログで論じているので、とくに付け加えるべき意見はない。 少子化そのものは日が国民国家として縮小段階に入ったことの徴候であり、無限の経済成長、無限の資源、無限の市場というありえない幻想から醒めつつあることを意味している。 こういうものは個人の発意や決断でどうこうなるものではなく、地学的な変動のようなものである。すでに人口負荷が日の国土と環境の耐力限度を超えているのであるから、縮むのが合理的なのである。 これについては今年のはじめごろ、古田隆彦青森大学教授(人口社会学)の所論を紹介した。それを再度ご紹介しておこう。 人口容量(carrying capacity)という概念がある。 日列島の人口容量は、旧石器時代で3万人、粗放農業文明期で700万人、集約農業文明期で3300万人と推定されている。

  • 内田樹の研究室 不適格教員からひとこと

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  • 内田樹の研究室 核武装ニッポン

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