リビアの最高指導者だったカダフィ大佐の死亡を受け、欧州各国や米国などからは、リビア国内状況の安定につながるだけでなく、軍事的負担の軽減につながるなどとして、一様に歓迎する声が上がった。リビアの政治的革命は新たなプロセスが始まったといえるが、今後の国家運営は未知数との声も上がっている。 ◇欧州諸国「朗報」と歓迎 リビアへの軍事介入を主導した英仏など欧州諸国はカダフィ大佐の死亡を「民主化プロセスから不安定要因を取り除くもの」として歓迎している。キャメロン英首相とサルコジ仏大統領は9月中旬にリビアを共同で訪問し、大佐拘束での協力を国民評議会側に約束していただけに、今回の事態は軍事的な負担の軽減にもつながりそうだ。 国連の対リビア武力容認決議は、軍事介入の目的を「市民の保護」に限定し、カダフィ大佐の排除には言及していない。しかし、英仏両国は空爆を継続する中でカダフィ退陣を強く要求してきた。長年にわ
アラブの統一を理想に掲げた革命家は、抑圧に耐えかねた市民の反旗で権力の座を追われた末、生まれ故郷で「最期」を迎えた。42年にわたり親族支配で国を牛耳り、人心と、若き理念を失った元指導者の哀れな末路だった。 カダフィ大佐は1942年、リビア中部シルトで遊牧民の子として生まれた。リビア大を卒業後、今回の「アラブの春」で反体制派の拠点となった北東部ベンガジの士官学校に入り、青年将校団を結成。69年9月、イドリス王制を無血クーデターで打倒して、27歳の若さで「君臨」した。 革命を志したのは中学生のころだった。エジプトで自由将校団による王制打倒を達成したナセル中佐(後の大統領)の影響を受けた。共産党などの政治勢力を追放し、資本主義とも、共産主義とも違う「第三の世界理論」を提唱した。その集大成として書き上げたのが「緑の書」だった。 政治的には直接民主制、経済的には国有化を国家の根幹に据えた。イスラム教
首都トリポリ脱出を8月24日に宣言してから約2カ月、リビアの最高指導者だったカダフィ大佐が20日、死亡した。「アフリカの王の中の王」と呼ばれた独裁者は生まれ故郷のシルトで最後を迎えた。今後、反カダフィ派で構成する「国民評議会(NTC)」は民主化移行を加速させる方針だが、これまで「反カダフィ」で結束してきた評議会内部での主導権争いも激化、その船出は容易ではない。 現地からの情報を総合すると、反カダフィ派のシルト攻撃は午前8時ごろに始まり、最後の攻防は約90分間続いた。北大西洋条約機構(NATO)の軍機は、シルト付近を走行中のカダフィ派の軍用車を空襲。車両100台がシルトから離れようとし、カダフィ大佐はその中の1台にいたとの見方もある。西部ミスラタの情報筋は毎日新聞の電話取材に「カダフィは車から逃げようとしたところ、国民評議会側の銃撃で死亡した。遺体はミスラタの病院に運ばれた」と語った。 中東
【エルサレム花岡洋二】リビアの反カダフィ派の連合体「国民評議会」は20日最高指導者だったカダフィ大佐を拘束したと発表した。リビア国営放送が伝えた。拘束場所は、北中部シルトとみられる。8月23日のトリポリ陥落に伴う政権崩壊以降、国民評議会が行方を捜していた。事実が確認されれば、42年に及んだ独裁体制は名実ともに幕を閉じる。 反体制派は20日、シルトに進攻し90分で陥落させた。国民評議会によると、カダフィ大佐は両脚を負傷しており、病院に搬送された。 リビアでは2月中旬に反政府デモが始まった。3月19日に北大西洋条約機構(NATO)主導の多国籍軍による空爆が開始された後も、カダフィ大佐は徹底抗戦の構えを崩さず、政権崩壊後も衛星放送などを通じ「売国奴や異教徒、ネズミどもを絶滅せよ」などと支持者に訴えてきた。 カダフィ大佐には、次男セイフ・アルイスラム容疑者とともに国際刑事裁判所から「人道に対する罪
Libyan government fighters celebrated after routing the last remaining forces loyal to Col. Muammar el-Qaddafi from the coastal town of Surt on Thursday.Credit...Mauricio Lima for The New York Times MISURATA, Libya — Col. Muammar el-Qaddafi’s last moments Thursday were as violent as the uprising that overthrew him. In a cellphone video that went viral on the Internet, the deposed Libyan leader is
The BBC's Gabriel Gatehouse in Sirte: "I saw one man with very blood-stained clothes saying that he was the person (who killed Col Gaddafi)" Commanders for Libya's transitional authorities say they have captured ousted leader Col Muammar Gaddafi. Unconfirmed reports say Col Gaddafi has been killed, and AFP obtained a mobile-phone image apparently showing his face covered in blood. The reports came
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Students have returned to prepare Tripoli University's grounds for a reopening under a new dean in the post-Qaddafi era.Credit...Moises Saman for The New York Times TRIPOLI, Libya — Dr. Feisel Krekshi, the new dean of Tripoli University, arrived for his first day of work accompanied by 25 young men who fought their way onto campus with Kalashnikovs and homemade grenades. His job, which former rebe
【カイロ和田浩明】リビアの反カダフィ派統治機構「国民評議会」のアブドルジャリル議長とジブリル暫定首相は3日、東部ベンガジで記者会見し、現執行部の一部閣僚の交代を発表した。首相など重要閣僚は留任、実質的な「改造」にとどまる内容。また、両氏はカダフィ派の拠点都市である北中部シルトが陥落した時点で「国土解放」を宣言、辞任すると明言した。戦闘を主導するイスラム保守派からの「権力独占」批判をかわし、当面は政権の一貫性を維持する意図があると見られる。 アブドルジャリル氏は、解放宣言から1カ月以内に移行政府を発足させ、ジブリル氏とともに新政権にはいかなる形でも参加しない意向も明示した。 アブドルジャリル氏によると、ジブリル氏が外相を兼任、石油相には国営石油会社が活動を再開するまでタルフーニ氏が残留する。国防相、内相など治安関係の重要閣僚も留任し、変更は副首相格ポストの廃止、新宗教相の就任、戦死者の遺族や
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