いじめ問題に対してゲーム脳視点*1で考えてみる コマンド たたかう にげる ぼうぎょ どうぐ ※これがいじめられてる時に使える主なコマンドです。人によっては「じゅもん」が使えます。 コマンド説明 たたかう いじめをしているやつに真っ向から勝負すること にげる いじめをしているやつから逃げること ぼうぎょ いじめを我慢して耐えること どうぐ 他の力を借りること じゅもん 自分の特技や能力で様々な効果をもたらすこと これを踏まえて いじめに耐える必要なんか無い。 学校なんか行かなくていい。 嫌な集団に取り入る必要はない。 そんな集団に属さなくても、その子が生きられる集団はいくらでもある。 それが、今のその子には見えていないだけなんだ。 http://d.hatena.ne.jp/repon/20080407#p1 ということを考えてみよう。 「モンスターがあらわれた。」これがいじめである。さら
pha ニート批判のロジックって多分7種類くらいに分類できそうだから有効な反論と一緒に誰かまとめてくんないかな(自分でやれ というお題が出されたので、せっかく暇なので思いつく限り書いてみます。 まずニートの定義から。 ニート(NEET)とは英国政府が労働政策上の人口の分類として定義した言葉で「Not in Education, Employment or Training」の略語であり、日本語訳は「教育を受けておらず、労働をしておらず、職業訓練もしていない」となる(ただしこの訳は日本におけるニートの定義とは異なる)。 とりあえず、この日本語訳を中心に考えましょうか。(日本のニートの定義は微妙ですし) 考えられる突っ込み 国民の三大義務を果たしてないじゃん(憲法的な問題) ・納税の義務 ニートも納税してます(少なくとも、僕のまわりのニートは全員)。 ・勤労の義務 ニートは働いていま
善い情報は子供をよくする、悪い情報は子供を悪くする。だから子供には善い事、正しい事だけを見せるべき、教えるべきだ。という考え方をする人がいます。それはたぶん間違っています。そして危険な考え方です。 子供に必要なのは、『現在の社会において善い、正しいと言われているものはなぜ正しいのか、悪い、間違っていると言われるものはなぜ間違っているのか』という情報です。だから、善いものを見せ『これは善いものだ』と教える機会、悪いものを見せ『これは悪いものだ』と教える機会の両方が必要です。個々の情報が、社会においてどのような位置づけにあるのか、情報と、それに付随する文脈をセットで学ばせなければ、道徳とか倫理観とか分別は子供の心には生まれません。 きちんとした道徳観を当たり前のように持っている人ほど、自分の道徳観という『結論』を子供に与えれば子供は自分と同じようになる、と思ってしまうようですが、そうではなくて
「自分のやりたい仕事が選べる」と人気の派遣エンジニア。その一方で、「企業は派遣の仕事を実績として見なすのか」「派遣でキャリアが積めるのか」という疑問をよく聞く。ITエンジニアとして、派遣でキャリアが積めるのか。そもそも、派遣でどのようにキャリア形成を目指せばいいのか。パソナテックに聞いた。 ■ここ10年で派遣エンジニアの地位は劇的に向上 キャリアを形成するには、大まかに分けて2つの方法がある。1つは、企業の中で与えられた仕事をこなし、技術知識やマネジメント力をバランス良く身に付け、管理職へと上がっていくマネジメント型。もう1つは、興味ある技術や業務、職種を究めるプロフェッショナル型。どちらも、それぞれの良さがあり、一概に「こういうキャリア形成がベストだ」とは決められない。 だが、キャリア形成の困難さでいえば、プロフェッショナル志向の方が難しいだろう。企業に属している場合、自分の興味だけで仕
1995年の震災で半壊した実家は、ワタシが生まれたときで築50年は経っていたように思う。屋根を支える太く曲がった梁を、祖父は自慢にしていた。子供の頃は見てくれのわるい大木にしか見えていなかった。大人になっても愛着を抱くことはなかった。いまは妙に懐かしい、というか、しっかり見ておけばよかったという思いが募っている。 部屋の真ん中に立つと、抜け落ちた天井から空を見上げることができた。それでも梁はびくともしていなかった。忘れていたこのときの景色が、本書の中の「木の癖、人の癖を読む」の章を読んでいて浮かんできた。 育った場所によって、木には癖が生じる。斜面の木は、風を受け、幹は捩れてしまう。木は必死に元に戻ろうともするわけで、ひねくれた木ほど目がつまっていて、強度に優れている。だから梁や桁にするのに適していて、田舎作りの家では曲がった部分を梁に使っていたという。うちのジイサンの自慢もホラではなかっ
⇒404 Blog Not Found:逃げ上手は生き上手 ダンコーガイさんに言われなくてもそんなものかと思うけど。 けどというのは、なにかちょっとひっかる感じがして。なんでしょね。 これは難易度順でもある。最も難しいのは、現実を変えること。次に難しいのは、自分を変えること。そして最も簡単なのは、逃げること。 このあたりかな。逃げるのは簡単という場合、なんとなく簡単な対処としての逃げる、というのがあるのだけど、自分の実感としては、逃げるというのは倒壊する建物や、勝てない猛獣に向き合うように自然な対応なので、現実的には、そういう自然な対応が心理的・制度的に阻害されているという状況をどう認識するか対処するかという問題だと思う。 別の言い方をすると、危機の認識が間違っていると、自然に逃げられない。 この危機認識をゆがませるのは、孤独の問題じゃないか。 心情的な孤独な人は孤立を恐れているから逃げら
戯言「記名で、相手にも見えて、しかも反論できない場所」に書き逃げするな。ツッコミできない場所に書くな。だんだん「はてブ」が嫌いになってきたはてブで書くなと言われたので、大したことでもないけどブログで。 「ブコメで書かないでブログに書きなさいよ、というか突っ込みたくても突っ込めないじゃない><、何偉そうにしてるのよ、もうばかばかー」(CV:釘宮理恵)に対する回答としてはテンプレ的だけども「スルー力と追記と新規エントリによる反論で頑張れ」で。特にボケに対するツッコミは追記でやると、エントリがよりわかりやすくなっていいかな、なんて思います。もっとも、その労力を考えると、スルーしての新規エントリでいいかなとも思ってしまうのですが。「誰がうまいことを(ry」的なことには、はてスタ連打がわかりやすくていい感じですしね。*1 ただまあ、気持ちはわかります。自分の意図してない解釈をしての理不尽な批判や、反
「アンパンマンがばいきんまんにあいにまちにでかけるよ」普通に親友ですよね。ということで、幼児雑誌だと完全に設定が変わっている。アンパンマンだけでなく大抵のキャラクターが性格が単純化され、理想的になっている。登場人物はみんな仲良しで仲間だという風に。電王もそうなっているらしいと(テレビくんとかで)かつて聞いたことがある。乳児が複雑な関係を理解できないというのは子どもナメてないかね、と思うのは現場を知らないからか。
NHKスペシャルで学校のいじめを特集していた。 いじめられた子に密着し、学校に行くようになるまでを取材していた。 それ自体は感動的な話かも知れないが、僕自身の感想は全く違う。 いじめに耐える必要なんか無い。 学校なんか行かなくていい。 嫌な集団に取り入る必要はない。 そんな集団に属さなくても、その子が生きられる集団はいくらでもある。 それが、今のその子には見えていないだけなんだ。 番組の内容に沿って話そう。 いじめの被害者の女子生徒は、ある男子生徒に顔を殴られていた。 その加害者が反省していることを、担当の教師が女子生徒に訴えていた。 違うだろう。 何で学校だけ、暴力沙汰を起こしても無罪放免なのだ? 本来なら警察権力による逮捕・拘束だろう。 何が反省している、だ。暴力を実際振るえる人間が反省なんかするものか。 暴力を妄想することと現実にそれを振るうことの間には、とてつもない深い亀裂が広がっ
2008年04月08日01:30 カテゴリArt 逃げ上手は生き上手 その通り。 2008-04-07 - reponの日記 - 逃げ方、避け方、守り方 いじめに耐える必要なんか無い。 学校なんか行かなくていい。 嫌な集団に取り入る必要はない。 そんな集団に属さなくても、その子が生きられる集団はいくらでもある。 それが、今のその子には見えていないだけなんだ。 そしてこのことは、次のように一般化できる。 いじめに耐える必要なんか無い。 そこになんかいなくていい。 嫌な集団に取り入る必要はない。 そんな集団に属さなくても、おまえが生きられる集団はいくらでもある。 それが、今のおまえには見えていないだけなんだ。 私も、そうしてきた。 404 Blog Not Found:小飼 弾 Errata, Addeda & FAQ 中学で高校で勉強することをおぼえた それも登校拒否のおかげです。実に有意義
それは、コンピュータは必ず壊れるということ。 先日拝聴した香取貴信氏の講演で聞いたことから、ずっと頭に残っている言葉がある。それは、「ディズニーランドのアトラクションが機械の故障で動かなくなってしまった場合、アメリカ人はリアクション大きく悔しがるが案外あっさり諦めてくれる。しかし、日本人は決して納得してくれない」といった感じのこと。 これを聞いたとき、私はとっても頷いた。アメリカ人についてはどうか知らないが、日本人にいたっては-少なくとも私の思う限りでは-まだコンピュータ完ぺき主義が残っていると思う。コンピュータはちゃんと動いて当たり前なんて思っている人を、まだまだ見かける。 こう思ってしまうのもきっと、かつて「安全と水はただで手に入る」と言われた国だからなんだと思う。マスコミの情報を鵜呑みにしがちな面もそうで、“そこに在るものは正しい”って思っちゃうんだと思う。でも、そんなことは絶対にな
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