■三つの物語で伝える誇り高き人たち 冒頭に〈地上には人の営みの数だけ文化や風習が存在する〉とあるとおり、現代日本人の目には“野蛮”に映る風土のなかで誇り高く生き抜いた者たちを鮮烈に描く。時代も地域も異なる三つのエピソードから成る中編集だ。 古代メソアメリカを舞台に双生児として生まれた盲目の少年の過酷な運命を描いた巻頭作。設定や絵面は一見ファンタジー風だが、凄絶(せいぜつ)なラストは生々しく胸に刺さる。 冷戦下のソ連のチェス王者が主人公の2編目は、ぐっとリアル。収容所生活の容赦ない描写に尻の穴がすぼみ、国家権力の理不尽さ、思想統制の恐ろしさに鳥肌が立つ。 そして出色の3編目。貿易船が難破し極北の地に漂着した英国人が現地の少女に救われる。文化の違いに戸惑いながらも徐々に集落になじみ、少女の天真爛漫(らんまん)さに惹(ひ)かれていく彼だったが、そこには越えがたい壁があり……。 母国への帰途、彼は
日中戦争時、日本軍が中国で捕虜虐殺を行ったとされる「南京事件」。本書は「あった/なかった」をめぐり、今なお激しく論争が続くこの事件を素材に放映されたドキュメンタリー番組の取材回顧録だ。 事件そのものに関心がなくても本書は面白い。独自取材にもとづく「調査報道」を標榜する著者は戦中に書かれた日本軍兵士の日記や編者への直接取材をもとに、事件に関する「事実」を積み重ねていく。当初中国に飛んだ折には、虐殺記念館の様子にうんざりし帰国した著者。しかし取材が進むにつれ、自身の中国に対する負の感情をも徐々に「発見」してゆく。「政治的」な「過去の」出来事と捉える限り、事件の話題は日常から敬遠され続けるだろう。本書からは、歴史を「自分に関わる」「現在の」出来事として捉え直す視点を教えられる。
沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか [著]安田浩一 ジャーナリストがジャーナリストの話を聞く。取材対象は琉球新報と沖縄タイムスという沖縄の2大新聞の記者とOB約20人。 取材のキッカケは自民党「文化芸術懇話会」での作家・百田尚樹氏の発言(2015年6月25日)だった。「沖縄のあの二つの新聞社はつぶさなあかん」。翌日、2紙は共同で異例の抗議声明を出す。抗議のポイントは「つぶせ」発言ではなく、次の部分だった。「普天間基地は田んぼの中にあった。周りには何もない。そこに商売になるということで人が住みだした」 なぜこのようなデマがまかり通るのか。「問題の本質は沖縄に対する蔑視、差別だと思うんです。一作家の失言や暴言というレベルで捉えるべきものじゃない」とある記者はいう。 普天間基地の敷地内にはかつて10の集落があり、約9千人が住んでいたが、住民が捕虜収容されている間に米軍が土地を鉄条網で囲い、家
アイヌの遺骨はコタンの土へ 北大に対する遺骨返還請求と先住権 著者:北大開示文書研究会 出版社:緑風出版 ジャンル:社会・時事・政治・行政 アイヌの遺骨はコタンの土へ―北大に対する遺骨返還請求と先住権 [編著]北大開示文書研究会 帝国主義時代の学問的研究が人権意識の定着した現代社会から厳しく糾弾されている。それに対応しえない研究空間の後進性を暴くのが本書のモチーフだ。 帝国大学医科大学(現・東大医学部)教授の小金井良精(よしきよ)が1880年代に2回、北海道を訪れて各地のアイヌ墓地から160前後の頭骨と多くの副葬品を持ち帰った。1924年に京都帝大教授の清野謙次が樺太アイヌの頭骨を収奪している。さらに北海道帝大教授の児玉作左衛門らが、道内各地、樺太、北千島から大量のアイヌ遺骨を発掘、研究に用いていた。この発掘は戦後になっても続く。 北大側の調査によっても、八雲町の241体、新ひだか町の19
■ナチスの手口の巧妙さ 戦争がもたらす最大の恐怖は、平和な時の道徳が失われることだ。 戦争中では敵を殺すことが奨励される。また反対する者を憎悪し、安易に攻撃するようになってしまう。これはどの民族、どこの国民もが仕出かしてしまう過ちだ。なかでもナチス・ドイツのユダヤ人虐殺は、組織的に計画的に「根気強い」といっていい執拗さで継続的に行われた。 それでも、ドイツにもヒトラーに抵抗をし続けた人々がいた。学生や知識人、あるいは名誉を重んじる軍人、そして特に権力を持たない一般市民の一部が、ユダヤ人を匿い、亡命を手助けし、ヒトラーの暗殺を計画した。 しかし本書で強いインパクトを感じるのは、抵抗者たちの美談や戦時下にもあったドイツ国民の良識より、良識的な思考を保つ人々を追い詰めるナチスの「合法的」な手口の巧妙さのほうだ。 ナチスは「悪意法」を制定し、国家と党に対する「悪意ある攻撃」を犯罪と定め、「ユダヤ人
■必要なのは「処方箋」だけ? 200万部の大台を突破した芥川賞受賞作〈1〉の著者・又吉直樹は、自著の宣伝だけでなく、自身が影響されてきた古典文学や刺激を受けている現代文学の紹介に勤(いそ)しみ、結果として文芸書コーナーでは“又吉言及書”が『火花』を囲んだ。同時受賞の羽田圭介が「(又吉に)便乗します」と公言し、あたかも芸人のように数多(あまた)のテレビ番組で笑いを取り、両者の役割を反転させたのは痛快だった。 〈3〉〈5〉〈6〉〈9〉は同じ版元による刊行物だが、年配の女性が指し示す一家言、という共通項もある。世の空気など気にしない語り手からは「順風満帆で来た人ほど、社会に出た後、組織の中でうまくいかないと自殺をはかる」(〈3〉)、「仕事が長続きしない人たちが、世間を騒がすような事件を起こす」(〈9〉)といった危うい断定もそこかしこで放たれているが、発言の炎上やクレームに過敏すぎる社会においては
(1)断片的なものの社会学(岸政彦著、朝日出版社・1685円) (2)レイシズムを解剖する(高史明著、勁草書房・2484円) (3)ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992ー1995(ヤスミンコ・ハリロビッチ編著、千田善監修、角田光代訳、集英社インターナショナル・2268円) ◇ (1)は、いま最も注目を集める社会学者の異色作。小さなエピソード、様々な風景描写が「あなたの社会風景」を揺さぶり、拡張する。 (2)は、ネット上にはびこる「嫌韓」などの現代的な人種差別、そのメカニズムと対処策を分析。誰がなぜ、レイシズムに感染するのか。丁寧な筆致で、研究者の矜持(きょうじ)を見せつける。 (3)は、20年前のサラエボでの紛争体験を、当時子どもだった1千人以上に尋ねる。手法は、SNSを通じた百数文字のショートメッセージ。きわめて現代的な手法で、戦争が日常となった子供のリアリティを立体化することに成功
ラーメンの語られざる歴史 世界的なラーメンブームは日本の政治危機から生まれた 著者:ジョージ・ソルト 出版社:国書刊行会 ジャンル:暮らし・実用 ラーメンの語られざる歴史 [著]ジョージ・ソルト [訳]野下祥子 東アジア史専門の米国人学者がラーメンを研究する。これは現実の話なのか。塩味が利いているような著者名はネタではないのか。告白すると最初は少し疑っていた。 しかし調査の手際はまっとうな歴史家のものだ。たとえば占領軍関係文書や公電にも著者は分析対象を広げる。冷戦の幕開けとともに日本への食糧供給は共産主義の台頭を防ぐ意味をもった。米国提供の小麦を原料とするラーメンは労働者や学生たちの心身両面の飢えを癒やし、社会に対する憤懣(ふんまん)を鎮めて復興から高度経済成長へのプロセスを支える活力源となった。 こうした普及過程でラーメンは位置づけを変える。明国人・朱舜水が徳川光圀に教えたとする起源伝説
■行って、見て、撮って、道半ば マンホールって、それこそマニアックでアンダーグラウンドな趣味かと思いきや、昨年から「マンホールサミット」が開催されたり、「マンホール女子」たちが熱く語り合ったりしているのだという。マンホールといっても穴ではなく、ふたの方。デザインや材質など、それぞれこだわりどころが異なるなか、石井さんの場合は「絵ですね。その市町村ならではの絵にひかれます」。 観光のシンボルや特産品、郷土芸能や祭り、地場産業などさまざまなお国自慢が、直径約60センチの円の中にぎゅっと凝縮している。集めた約4千の写真から数百を選び、絵柄を解説。そもそもは凹凸をつけて「滑り止め」にするための模様だが、昭和の終盤ごろ、下水道事業アピールの方策として、建設省の専門官がデザイン化を提唱したらしい。 18年前、三重県伊勢市で、江戸時代の伊勢参りの様子を描いたマンホールを見たのが最初。以来、約1600市町
下山事件 暗殺者たちの夏 [著]柴田哲孝 1949年7月5日に初代国鉄総裁の下山定則が行方不明となり、6日に遺体が発見された「下山事件」は、昭和史最大の謎の事件と言われている。そもそも下山は自殺したのか、それとも他殺だったのかすらわかっていない。仮に他殺だとしても、首謀者をめぐって共産党からGHQまでさまざまな説が飛び交ってきた経緯がある。 著者は、祖父がこの事件に関係していると親族から聞かされたことをきっかけに、独自の取材を進めるようになった。そして、祖父が籍を置いていた「亜細亜産業」という貿易会社が、下山の暗殺に深く関与していたという確信をしだいに深めてゆく。 14年間に及んだ取材の成果は、『下山事件 最後の証言』(2005年)と同書の完全版(07年)にまとめられた。この2冊はいずれもノンフィクションであった。 けれども、他殺説が確定したわけではない。この点で、著者はどこまでも謙虚な姿
戦後日本の宗教史 天皇制・祖先崇拝・新宗教 (筑摩選書) 著者:島田 裕巳 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット 戦後日本の宗教史―天皇制・祖先崇拝・新宗教 [著]島田裕巳 本書は「戦後日本の宗教史」という題であるが、むしろ、戦後日本の社会史を、宗教、特に新宗教の歴史から見るものだといってよい。時代でいえば、つぎの二つに区分される。戦後灰燼(かいじん)と化した日本経済が高度成長を遂げオイルショックに出会う1973年までと、以後バブルに浮かれながらも、没落の予感の中にあった95年まで。一社会のかくも急激な変化を見る観点はさまざまあるだろうが、新宗教の歴史に的を絞ると、通常見えないものが見えてくる。 本書は、戦後の新宗教を天皇制と祖先崇拝という軸から考察する。それらは、戦前までの日本の宗教を根本的に規定するものであった。戦後に新宗教をもたらした原因は、何よりも、国家神道に集約さ
末井昭さん(編集者・エッセイスト) 48年生まれ。「写真時代」などの創刊に携わる。最近はテナーサックス奏者としての活動もさかん。=山本和生撮影 ■自殺を防ぐ「病、市に出せ」 『生き心地の良い町』 [著]岡檀 (講談社・1512円) 読んだのは2013年、ぼくが『自殺』という本を書き上げ、出す直前でした。書く前に読んでおけばよかった、と思いました。 社会学者の岡さんが徳島県にある海部(かいふ)町(現海陽町)という全国屈指の自殺率の低い町に入って、なぜなのかを調べた本で、謎解きの魅力もあるんです。 自殺率の高い秋田県のことは、ぼくも詳しい方に話を聞いたことがあります。秋田は美容院が多く、NHKの受信料支払率も際立って高い。真面目で人目を気にするという県民性なんでしょう。 海部町は逆です。赤い羽根募金が集まらない。人は人、自分は自分なんですね。そのくせ、鬱(うつ)になった人のところに押しかけ「あ
■日本人の感性を劣化させる紋切型 国会で憲法学者がそろって「戦争法案」を違憲だと断じて、政権幹部たちの慌てふためきようが笑える。憲法学者の権威を否定しようと躍起になって、そのうち「オレがオキテだ」と言い出しかねない勢いだ。 政治家のオツムが劣化しているが、それへのマスメディアの反応、世間の反応は鈍い。なんでこんなことに?と思いながら、武田砂鉄の評論『紋切型社会』を読んで納得した。日本中でオツムが、感性が劣化している。劣化しているところにはびこるのが紋切型の言葉であり、紋切型の思考だ。 著者は昨年秋まで河出書房新社の編集者だった人で、今年33歳。これが初めての著書である。結婚披露宴で新婦から両親に告げられる「育ててくれてありがとう」だの、老害論客がしたり顔で言う「若い人は、本当の貧しさを知らない」だの、ドキュメント番組でインタビュアーが得意気に言う「あなたにとって、演じるとは?」など、20の
■「やるべきではなかった」悔い 昨年2月、自身が「ゴースト」作曲家であることを明かして以降、人生ががらりと変わった。「あの時はもう、音楽活動も終わりだろうと思っていましたが、多くの人に助けられて……」と、小さな声で語る。 「彼(佐村河内守氏)」の希望に応じて作曲し、譜面を書き、「彼」の名で世に出してきたのを「やるべきではなかった」と悔い、なぜずるずる続いてあんなピリオドを迎えたのか、この本で改めて振り返る。 最初に映画の音楽を手伝ったのが始まりで、そこに原型はそろっていた。実務は自分、「彼」は表にアピールする。以来18年間。自身の音楽活動の中で「彼」の仕事は一部に過ぎなかったが、「大きなものでもあり、そこが悩ましいところ」。何しろ「音楽の現場にいることが幸せ」な性分だ。取り込まれ、茶番を演じつつ、時にだいご味を味わったことも率直に語っている。 「最後の5、6年は、いつ露見して音楽生命を失う
琉球史を問い直す―古琉球時代論 [著]吉成直樹・高梨修・池田榮史 沖縄の歴史を論じる時に二つの態度があり得る。(1)他国(日本を含む)との関係に配慮するが、沖縄の内発的な発展を重視する。(2)東アジア諸国、とくに日本との交渉を重視する。本書は(1)を批判して(2)の立場に立ち、グスク時代の始まり(11世紀ごろ)から琉球国への島津氏の侵攻(1609年)まで(古琉球時代という)を再検討する。 歴史学は科学であり、客観的な考察を身上とする。だが古琉球時代については文字史料が乏しく、日本中世史の通常の分析方法が有効でない。そのため史像の解明には様々な工夫が必要であり、それは時として現代的な思想信条(沖縄は独立すべきだ等)と抜き差しならぬ連関をもつ。 グスク時代の幕開けは喜界島(奄美群島)からの住民の移住を契機とする。琉球の尚王朝の誕生は倭寇(わこう)の活動の産物である。そう本書は説く。その史像は到
「パッチギ!」などの大ヒット映画を手掛けた映画プロデューサーの李鳳宇と、マイノリティの視点を世に発信し続けてきた映画史・比較文学研究家の四方田犬彦による対談集。 各種の「嫌韓本」が書店に並び、各地でヘイトスピーチが盛んに行われる中、著者たちは拡散し続ける差別への懸念を率直に語っていく。話題は在日2世として李鳳宇が感じる個人的な悩みから、賛否両論があって話題となった朝鮮学校の高校無償化問題、「在特会」、ネトウヨまで多岐にわたる。二人は今日横行している差別行為の根底にさまざまな偏見が潜んでいると指摘する。朝鮮学校に通う生徒の7~8割が韓国籍だという話や北朝鮮に住む人々の普通の生活、京都の料亭で食べられるハモの8割が韓国産だといった情報は、偏見を解くためのヒントになるかもしれない。 ただ差別は悪いと主張するのではない。本書では、差別をなくし、隣国と良い関係を保つことで日本が得られる肯定的な効果が
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