村上春樹の新作『騎士団長殺し』を読んだのですが、主人公がいきなり奥さんから離婚してくれ、と言われて旅に出て、白髪の紳士に、美少女、そして鈴の音が聞こえて「騎士団長」が現れて……わけがわかりませんでした。ぜひ、わけがわかるとうれしいです。 いつもそうなんですよ。『ねじまき鳥クロニクル』でもいきなり奥さんがいなくなっちゃいますしね。『羊をめぐる冒険』だって、『スプートニクの恋人』だって、ある日いきなり彼女がいなくなるという話なんですから。これは村上春樹の愛用する「説話的定型」なんですよ。それは作家にとってピアノの鍵盤みたいなもので、その鍵盤を押さないと音が出ないんです。 そういう類のストーリー・パターンというのはどんな作家にもあるんです。チャンドラーのフィリップ・マーロウものだって、言ったら全部同じじゃないですか。探偵事務所に依頼者がやってきて、いわくありげなことを言うのだけれど、それは全部嘘