島尾敏雄『死の棘』を読んだのは、大学生のときだ。当時、虚実入り混じったスキャンダラスな私小説として評判になっており、興味本位で手に取ったのだと思う。濃密な描写に引きずられるように読みふけり、この作品から「男女の愛」について一つの定見を得たように思ったのだ。 ただ、そのときは“私”とはいえ、小説だと思っていた。事実は事実のままに、かなりの創作が入った美化された物語。読者のほとんどがそう思っただろうし、この作品を論じた評論家たちも、それを念頭にいれて語っていたと思う。だが『狂うひと』という作品はそのすべての概念をひっくりかえしてしまった。 ノンフィクション作家の梯久美子が『死の棘』のヒロイン、島尾ミホに興味を持ったのは浜辺に立つ一人の老女、ミホの写真を見たことによる。彼女もまた作家であると知り『海辺の生と死』『祭り裏』の二作を読んで会いたいと思ったという。 インタビューをしたのは、平成17年か