メキシコシティの路地裏、こきたない雑居ビルの二階にそのマンガ喫茶はあった。 日本のマンガ本が棚にずらーっと並び、いくつか置かれたソファではメキシコの若者たちがそれを読みふけっている。スペイン語に訳されたものではなく、みんな原書を読んでいるのだ。 この店を経営している安藤修は苦笑まじりに小声でいった。 「ここにきているやつらの話ってすごいよ。俺は誰々っていう作家の作品を全部持っているとかさ、しかも海賊版じゃなくてオリジナルを持っていることが彼らには大切なんだよね。馬鹿じゃないかと思うけど、そういうお客さんが大切」 一九九〇年代の半ば、私はメキシコに一年あまり滞在していたのだが、そこで安藤修と知り合った。なかなか風変わりな人物だった。 私と同世代の二十七、八歳だった彼は、日本から大量に持ち込んだキーホルダー、ぬいぐるみ、おもちゃ、服、ポルノ雑誌などを、ファナというメキシコ人のガールフ