2020年10月2日のブックマーク (1件)

  • 歴史の終焉、を完全には描き切れなかった『2000年の桜庭和志』書評

    ある歴史が死んだことを認めるのにどうやら20年前後はかかるようだ。 プロレスが最強の格闘技、というコピーによって、かつて空手と絡んだり、ボクシングと絡んだりしながら興行を盛り上げていった歴史は、いま振り返れば90年代の半ばにすでに余命が決まっており、2000年代に入ったときには間違いなく死んだ。 歴史が死ぬとは。ここでは「ある価値観や慣習が死ぬ」ことを指す。新日vsUインターの対抗戦や、高田延彦vsヒクソン・グレイシーの無残な結果のほかにも、アントニオ猪木が引退し、ジャイアント馬場が逝去した数々をあげるだけでも歴史の死を認めるのに十分なように思える。だけど多くの人はそれでも歴史が死んだことを認められず、かつての価値観や慣習を持ち出してしまう。 2000年代の格闘技バブルは、MMAやK-1といったまったく新しいジャンルを広く世間に浸透させたものだと思い込んでいた。しかし実際には昭和から続く

    歴史の終焉、を完全には描き切れなかった『2000年の桜庭和志』書評
    atoz
    atoz 2020/10/02
    "これが、ほぼ批判されることのなかった桜庭に対して、ほとんど唯一といっていいほど大きな批判があった" この話、まさにおいらが目を背けたところにバリバリ切り込んでいて、さすがと思う。