東京大学に提出した博士論文を元に2023年3月に出版された本書は、ノーベル賞作家・大江健三郎のキャリア全体を縦断するかたちで、その死生観の変遷を読み解いた研究書である。本書の刊行直前に、大江はその88年の生涯を閉じた。戦後日本文学のみならず、世界文学を牽引した作家であった彼の逝去に、一つの時代の終焉を見たような喪失感を覚えた人々は少なくないだろうが (私もその一人である)、これをきっかけに大江作品を手にとる読者が増え、近年新たな角度から隆盛を見せていた大江研究がますます発展していくことは間違いないだろう。「死生観」という切り口から、大江という作家の全体像を浮かび上がらせようとした初めての試みである本書が、その発展に少しでも寄与することができれば嬉しく思う。 大江健三郎は、「書き直し」の作家である。東京大学在学中に小説家としてデビューし、「飼育」(1958) で芥川賞を受賞。その後、「最後の