池野絢子(教員) ウンベルト・エーコ(Umberto Eco, 1932-)をご存知でしょうか。彼の名前は、『薔薇の名前』(1980)や『フーコーの振り子』(1988)を著した小説家としてより知られているかもしれません。しかし、エーコは、小説家であると同時に、メディア論者、記号学者、そして美学者でもあります。ここでは、そのエーコの著作の一つ、現代芸術の理論書として今なお広く参照されている『開かれた作品〔Opera aperta〕』(1962)(ⅰ)と、それにまつわる論争をご紹介したいと思います。 そもそも、「開かれ」とはなんでしょうか。「開かれ」とは、あらゆる時代のあらゆる芸術作品が本質的に持っている、メッセージの「曖昧さ」のことです。作品を受け手が解釈するときの、解釈の可能性としての「曖昧さ」。および、作品自体が物理的に未完成で、受け手の側に完成の余地が残されている場合の、作品の未決定性