森友学園事件発覚後、籠池証人喚問を経て、メディア空間には「忖度(そんたく)」という言葉がキーワードとして躍り出ている。政治家を辞めた某元市長が、TV番組で「忖度は究極の民主主義」という趣旨の発言をしたそうだ。 これは「たとえ国有地の激安払い下げが、財務省が官邸の意向を忖度した結果であろうと、それこそ民意をバックにした首相の政治決定を実現させたという意味で民主的だ」と言いたいのだろう。「良い忖度なのだから首相は認めればいい」という、彼の同志である府知事の発言も同じ趣旨だ。 他方、安倍首相は国会の答弁で「忖度の余地はない」、あるいは籠池−昭恵夫人間の件(くだん)の証拠ファクスは「ゼロ回答だから忖度はなかった」という言葉で、頑固にそれを否定している(後に「満額回答」が発覚したが)。首相を庇うつもりの者が「忖度はあった」と言い、当の首相が「ない」と断言するという、語るに落ちる奇妙な連携がそこにある