牧野 伸顕(まきの のぶあき、1861年11月24日〈文久元年10月22日〉 - 1949年〈昭和24年〉1月25日)は、日本の政治家。位階は従一位。勲等は勲一等。爵位は伯爵。名は「シンケン」と音読みされることもある[1]。幼名は伸熊(のぶくま)。以前の諱は是利(これとし)[注釈 1]。 大久保利通は父、吉田茂は娘婿、寬仁親王妃信子と麻生太郎は曾孫にあたる。 経歴[編集] 1861年11月24日(文久元年10月22日)、薩摩国鹿児島城下加治屋町猫之薬師小路に薩摩藩士で維新の三傑の一人・大久保一蔵(後の利通)と妻・満寿子の次男として生まれた。生後間もなく父・利通の義理の従兄弟にあたる牧野吉之丞の養子となるが、1868年(慶応4年)に吉之丞が戊辰戦争における北越戦争で戦死したため、名字が牧野のまま大久保家で育った[要出典]。 明治33年(1900年)オーストリア公使時代 1871年(明治4年)