私が書きたい「理想の教科書」、『中央公論』2002年9月号 歴史学界と歴史教育界の間 大学で教育に携わっている人々による高校教科書評は概して厳しい。その一端を示せば、いわく、「生物の教科書は『十九世紀の博物学』という題なら納得できる。あれは生物学ではない。あの教科書で学んできた学生ならば、学んでこなかった学生に一から教えるほうが効果的だ」云々。今のところ歴史の分野ではさすがにそれほどの悪評は聞かれないが、たとえば検定や指導要領というような制約物を考慮の外においてよろしいといわれた場合、一歴史研究者として私が書いてみたい理想的な歴史教科書とはどのようなものなのか、それをここでは論じることにしよう。 数年前のことになる。ある近世史の泰斗が「歴史学界と歴史教育界の間には、戦前も戦後も深い溝があった」という感慨をもらした場に居合わせたことがあった。歴史学界は、戦前においては、「傾向的」「自