cakesは2022年8月31日に終了いたしました。 10年間の長きにわたり、ご愛読ありがとうございました。 2022年9月1日
「HINOMARU」は明確に愛国ソング 「さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に」などと歌う、RADWIMPSの新曲「HINOMARU」(野田洋次郎作詞・作曲)が「軍歌っぽい」として話題になっている。 軍歌云々はあとで触れるとして、この歌はなにより明確に愛国歌(愛国ソング)である。 まず、歌詞の内容を確認しよう。 この歌は、「あなた」と「僕ら」でなっている。 「あなた」とは、「御国」であり、「日出づる国」であり、「帰るべき」祖国であり、「守るべきもの」である。 これにたいし、「僕ら」とは、日の丸を仰ぎ見ると感情が高まる者たちであり、「気高きこの御国の御霊」を身体に宿す者たちであり、父母から歴史を受け継いだ者たちである。 そして「僕ら」は「さぁいざゆかん」と鼓舞され、「あなた」の「御名」の下に、どんな困難があろうと突き進んでいく。たとえ「僕ら」の身が滅んでも、「あなた」は永遠に栄えよと願い
すばらしいアルバムは終わり方も印象深い。名作を作るには、リスナーを興奮させ、高揚感を残して終わるような力強い締めくくりの一節が必要だ。これから挙げる、時代を超えた24枚の名作が証明するように……。 ザ・スミス『ザ・クイーン・イズ・デッド』 “Some Girls Are Bigger Than Others” 「枕を送ってくれ/夢見る時に君が使ってる枕を/そうしたら俺のも送るよ」 – Send me the pillow/ The one that you dream on/ And I’ll send you mine モリッシーの曲のタイトルの中でもかなり衒いのない“Some Girls Are Bigger Than Others”というタイトルが、ジョニー・マーの巧みでキラキラしたリフに泥を塗ったとしたら、モリッシーはこの曲のメランコリックでロマンティックな最後の一文で、いくらか間
サイモン&ガーファンクルの「四月になれば彼女は」です。初めて聴いたときは、不治の病で死んでゆく恋人について歌っている悲しい歌かと思いましたが、よく聴けば「恋愛」そのものについて歌っていることが分かります。 「April come she will」は詩における倒置を使っています。強調の意味もありますが、四月がやってくると彼女も(willそのものが、未来に対する予測になります。すべての始まりを表しています。)、she will comeだと「彼女がやって来る」と限定的になります。「四月になれば彼女は」の邦題はよくこのイメージを伝えていて名訳です。そして五月から八月までは、「恋愛」の諸相を象徴的に描いて、九月で結んでいます。「September I’ll remember.」は「九月になると思い出すだろう」というよりも、「九月そのものが思い出すときそのもの」という表現だとおもいます。四月と九月
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「ボクサー」(原題:The Boxer)は、サイモン&ガーファンクルが1969年に発表した楽曲。 ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では106位にランクされている[2]。 概要[編集] 1969年3月21日、シングル曲として発表された[1]。B面は「ベイビー・ドライバー」。 録音には100時間以上が費やされたと言われており、ナッシュビルとニューヨーク市にあるコロムビア・レコードのスタジオで製作された。またボーカルの一部はニューヨーク市のセント・ポール教会で録音された[3]。バス・ハーモニカはチャーリー・マッコイの演奏[4]。 同年5月17日付のビルボード・Hot 100で7位を記録し[5]、1970年1月26日発売のアルバム『明日に架ける橋』に収録された。 時に本作品は、ボブ・ディランに対するあてこすりではないかと言われることがある(ディラン
今日、偶然出会った「Where the Hell is Matt?」の映像。映像の中で楽しげに踊るMatt Harding氏と、共に踊る市井の人々に惹き付けられる。 (彼のページはここ。なのだが、いまなぜか見れない。仕方ないのでWayback Machineにて見るしかない。どうしているのだろう…。一時的に見れなかっただけのようだ。よかった。) 「Where the Hell is Matt?」はYouTubeでも見れる(こちらHD版)が、彼の旅行のスポンサーであるガムメーカーStrideのサイトからだとHD版やiPod向け版もダウンロードできるのでこちらを薦めたい。一方、YouTubeだとこの動画のレスポンス動画がいっぱい見れるのもたのしい。 それもさることながら、BGMとして流れるGarry Schymanの「Praan」のメロディの美しさ、そしてそこに流れる女性の美しい歌声。 マット
音楽ジャンルを巡る議論というのは、いつの時代にも存在する。ミュージシャンにとって、自らの音楽をジャンルで語られることはあまり気持ちのいいものではないだろうが、その一方で、ジャンル名が付与されたことによって、誰かがその音楽を知るきっかけになるかもしれない。そして、ここ数年で最も議論を呼んでいるジャンル名といえば、もう何度目かわからないほどのリバイバルが叫ばれている「渋谷系」と、1980年代のリアルタイム世代と若い世代でその印象がまったく異なる「シティポップ」だろう。 初のフルアルバム『よろこびのおんがく』を発表する京都発の5人組SATORI。直接的にモータウンを連想させるファンキーな音楽性は、今だと「シティポップ」の枠に当てはまりそうだが、中心人物のハノトモはもともと渋谷系の大ファン。そこで今回対談相手として迎えたのが、渋谷系世代であり、ヒップホップをルーツに持ちながらもポップスへと接近して
松本隆は1985年の11月から12月にかけて、朝日新聞の夕刊で週1回『新友旧交』というコラムを8週にわたって書いていた。 そのときに「待ってくれた大滝」と題して、アルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』が誕生した時の経緯を明かしている。 大滝詠一について語ろうとすると、もう十数年のつきあいになるのに、彼のことを何も知らないような気がしてくる。そういえば彼から家族のこととか、身の回りの雑事について聞いたことが無い。仕事以外のプライベートなことに関して口が重いのかもしれない。 一度だけ彼がぼくの家を訪ねてくれたことがある。 「今度作るアルバムは売れるものにしたいんだ。だから詩は松本に頼もうと思ってね」 「よろこんで協力させてもらうよ」 後にミリオン・セラーになった『ア・ロング・バケイション』は、こんな会話から生まれた。 (「待ってくれた大滝」朝日新聞1985年12
「だるまさんがころんだ」 山本正之作詞・作曲 戻 る パパとお風呂に入ったら いつもすぐには出られない 肩まで沈んであったまって ひゃくまで数えなさいってね もうフラフラよ だけど インチキの数え方 知ってるわ アッアー デタラメの数え方 やっちゃうわ アッアアー だるまさんがころんだ さんしろうがわらった ゲンゴロウがもぐった かみふうせんがきえた ゆうらんせんがゆれた へんとうせんがはれた カメレオンのあかちゃん チャンピオンのでかぱん アビニオンのぼうさん うちゅうせんがとんでくー オホホ オホホホ ほら ひゃくまで数えたよ パパのお休み日曜日は いつでもぐうぐう 寝坊(ねぼ)スケさん おふとんはがして くすぐっても ひゃくまで数えなきゃ おきないって お目めがトロトロよ さてと インチキの数え方 知ってるわ アッアー デッタラメの数え方 やっちゃうわ アッアアー だるまさんがころん
ブッシュ再選を受けて、イラクのファルージャでは米軍が武装勢力1000人を殺害したとニュースが伝えている。 世界に漂う絶望感の中で、僕たちに出来ることは何なのだろうか。 今日たまたま、昔のレコードを見ていたら、ドーナツ盤のジャケットの中に、色あせた新聞記事の切り抜きがはさまっているのを見つけた。 1969年の、たぶん朝日新聞の記事を、僕が切り抜いてとっておいたもので、おそらく僕の手元にある最古(?)の切り抜きだ。 それは3月30日朝のパリで、フランシーヌ・ルコントという30歳の女性が、焼身自殺をした、というベタ記事である。 この女性は、ベトナム戦争やナイジェリア内戦に心をいため、自殺した時は、ビアフラの飢餓についての切り抜きを持っていたという。 フランシーヌ・ルコントという遠い国の、見知らぬ女性の死に、心を動かされた日本人がいた。作曲家の郷伍郎氏と、作詞家のいまいずみあきら氏だ。 二人はこの
summer sky studioはインデペンデントのスタジオです。マンガやイラストなどを製作中なり。 ボウイのグラムロックエラ、の初期の曲。最近ボウイを聞き直してます。結局新しい曲聞いてないじゃんw。あっボウイの新アルバムが出るみたいですね、あまり期待はしませんけれど・・・ さて和訳は恐ろしく難しいです、ボウイとレノンは、ナンセンスとセンスの中間の微妙なニュアンスを多用しますので、意味が無いといえばないし、深読みすればいくらでも深読みできるのです。 ただ他の和訳はただ英語を日本語にしているだけなので、まったくニュアンスがちっとも伝わって来ません、よってgive it a try! It's a god-awful small affair 超くだらない集まり(affairはlove affairのそれ、しかし二人じゃなくて何かの集まりみたいなもののようです) To the girl
2015年6月26日に書かれたこの記事は、KREVA本人がブログで取り上げてくれた程度には盛り上がった。 すでに5年が経過しているが、ここで書いているように、いまだにKREVAに対する不理解は変わっていないと思う。 ※KREVAさんご本人から、このエントリに対する言及をいただきました。大変恐縮です。 **お忙しいだろうに、きちんと論旨を掴んで読んでいただきまして。「あかさたなはまやらわをん」を入れてないのはおかしいだろ! とまで仰ってもらいました(笑)。本当にありがとうございます。** ってことで、まずは、このエントリをスルッと読むための準備として、「あかさたなはまやらわをん」から始めましょう。 ― KREVAさんは、どれだけ成功しても常に「まだ足りない」「納得いかない」という不満を抱えている人だと思うんですね。 KREVA:まさに。常にフラストレーションがある。そのフラストレーションの形
歌詞中には「春一番」「わな」「アン・ドゥ・トロワ」など、シングル曲のタイトルが随所に入れられている。これは作詞者・阿木燿子からのはなむけであったという[1]。また歌唱時の振り付けでも「ハートのエースが出てこない」「年下の男の子」「やさしい悪魔」等が、モチーフ的に登場している。作曲の穂口雄右も、キャンディーズのこれまでの楽曲的要素を随所に織り込んだという。また、作曲は元々穂口と決まっていたわけではなかったが、阿木が「キャンディーズはやっぱり穂口さんじゃないかしら」と主張したことで起用に至ったという[2]。このことが関係しているかどうかは定かではないが、歌詞は穂口が作詞も担当した「春一番」から始まっている。 11月には「つばさ」がリリースされているが、これはキャンディーズの意向に反してリリースされたもの[要出典]であり、またシングル曲として最後にレコーディングされた曲が「微笑がえし」だったこと
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