“生前のハチの写真や当時を知る人々の話から推測すると、どうも現実のハチ個体そのものよりは、より威厳を高めた剥製が作られたと考えられる。象徴的なのは耳介、すなわち耳たぶだ。現実のハチはイヌ同士の喧嘩で怪我をし、左側の耳たぶだけ垂れ下がってしまっている。おそらくは耳介の軟骨が折れてしまったのだろう。渋谷駅前にいま見られるハチ公像は戦後作られた二代目なのだが、リアルに片方が垂れた姿で制作されている。ところが、現実の剥製は実に格好良く、両耳をピンと立ち上げているではないか。 もちろん、制作に関わった三氏は、肩の高さや首の太さ、腰の発達、尾の形状など、秋田犬とされるものの育種上の特質を重視したわけだから、この剥製はハチの剥製であると同時に、むしろハチ個体を再現したというよりは、典型的な秋田犬の凛々しい姿をかたどったというのが正確なところだろうと思われる。”