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考え方と聖書に関するelittoのブックマーク (4)

  • 自分が破産しているという気分|結城浩 / Hiroshi Yuki

    あなたは、自分が破産しているという気分になることはないだろうか。 破産している気分(あるいは事実)。 自分の力では「やっていけない」という状況。 これは駄目だ、このままでは駄目だという焦り。 何かが違っている。ボタンを掛け違ったように、先へ進めば進むほど、「間違った道だけれど後戻りしにくい」という事態。 そういう立場に自分がいるのに気づくことはないだろうか。 ちなみに私はそういう気分に陥ることがよくあります。 いや、よくありました、と過去形にしたほうがよいかもしれない。 聖書の神さまを信じる前は、イエスさまを信じるよりも前には、そういう「自分は破産しているのだ」という感覚は間違っていると思っていた。 何とか立て直せる、自分の力で何とかなる、時が経てばうまくいく、単に錯覚に過ぎない、と思っていた。 でも、それは錯覚ではなかった。「自分は破産している」や「自分の力ではやっていけない」という感覚

    自分が破産しているという気分|結城浩 / Hiroshi Yuki
  • 聖書たんが「ヨブ記」について語ってみたよ。

    「神がいるのなら、なぜ苦しみや悪がこの世界には存在するのか?」という声は震災直後にもよく聞かれました。この永遠のテーマを扱う旧約聖書「ヨブ記」を聖書たんなりに読んでみました。これ読んで気になった人はぜひ実際に聖書を開いて読んでみてください。

    聖書たんが「ヨブ記」について語ってみたよ。
  • カトリックとプロテスタント - OKWAVE

    No.3です。 閉めてないので、前回の返信内容について。 >まあ牧師さんの話ではサタンとは人に向かって話す >ものではなく「信仰を妨害するもの」「神に反するもの」 >にいう言葉で決して人に向かって言っているのではない >と聞いてなるほどと思いましたが。 サタンってヘブライ語では<敵対する者>という意味。 例えばディスカッションをする上で、全員同じ思想なら、進展(変化)はないですよね。 裸の王様ってあって、皆が王様は素敵な衣装を着ていて、馬鹿だけはそれが見えない と言われているので、皆当は衣装など見えていないのに、素敵な衣装だと褒め称えた。 つっこんで「どんな衣装を着ているか」と個別に質問したらおもしろかったでしょうね。 回りがそういうから、自分もそう言う。それが波風立たない。 「見えていません」 と正直に言えない。 何故なら馬鹿だと思われたくないから。 ユダヤ教において、エリートの学校が

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