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asahi.com:検証・三陸大津波 1)宿命-マイタウン岩手
船越湾を見下ろす大槌町吉里吉里地区の高台に吉祥寺がある。その寺に向かう坂の途中、ケヤキと杉の2本... 船越湾を見下ろす大槌町吉里吉里地区の高台に吉祥寺がある。その寺に向かう坂の途中、ケヤキと杉の2本の巨木に抱かれるように、「明治三陸津波」の慰霊碑が立っている。 「海嘯(かいしょう)溺死(できし)精霊塔」。当時、津波は、海の水が口をつぼめて声を出すという意味の海嘯と呼ばれていた。送り盆の8月16日、近所の人たちはこの慰霊碑の前に集い、野の花を手向け合掌する。吉里吉里4丁目の上野康子さん(62)は話す。「死者を弔い、津波災害を風化させまいと続けています」 三陸沿岸は「津波常襲地帯」と呼ばれ、「津波は宿命」とされてきた。 近代以降でも、1896(明治29)年の明治三陸津波、1933(昭和8)年の昭和三陸津波、1960(昭和35)年のチリ地震津波に襲われた。地震に詳しい岩手大学名誉教授(地域防災学)の斎藤徳美さん(66)は「三陸には元号が代わるたびに津波が襲来する」と指摘していた。そして今回
2011/05/19 リンク