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戦艦・大和(後編) - 海洋立国論
大和の後半生を見ていきます。 【世界最大の巨艦就役】 ハワイ真珠湾攻撃時にはまだ就役していなかった... 大和の後半生を見ていきます。 【世界最大の巨艦就役】 ハワイ真珠湾攻撃時にはまだ就役していなかった大和ですがその後すぐに就役、翌年2月に連合艦隊旗艦になりました。兵器としてはもはや無用の長物であり貴重な燃料を食うわりに低速な巨艦。 しかし威容を誇る美しい艦形はやはり多くの関係者を魅了した事でしょう。 【ミッドウェー海戦】 1942年(昭和17年)5月に連合艦隊司令長官山本五十六は早期講和を目指し、ミッドウェー作戦を実施しましたが、6月5日に機動部隊の主力空母4隻(赤城・加賀・蒼龍・飛龍)を喪失しました。 この時、山本長官の乗った「大和」はミッドウェー攻略本隊として600キロほど後方にいましたが、空母がいなくなった艦隊ではミッドウェー攻略も難しくなり引き返しています。 その後トラック泊地に停泊する事が多くなり、前編で書いた「大和ホテル」と呼ばれます。 【戊号(ぼごう)輸送】 1943年(昭和