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弊害のこと(なんの弊害なのかよくわからないことが大抵である) - いのちばっかりさ
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弊害のこと(なんの弊害なのかよくわからないことが大抵である) - いのちばっかりさ
登山をしているときに、地図読みを間違えていたら、違うっぽいです、こっちの道は多分つながってない方... 登山をしているときに、地図読みを間違えていたら、違うっぽいです、こっちの道は多分つながってない方の道です、とリーダーに教えたら、「ありがとう、よかった。」みたいな感じになると思う。指摘することが実際にはそういうシチュエーションがなくて必要ないかもしれないけど、そういう反応をしてくれる人とじゃないと登山は行かないと思う。 オフィスで先輩の仕事を引き継いだときに、過去の分がおかしくなってたら、「これ結果がおかしいみたいです。方法がちょっと違います」と言うと、最初大体スルーされるのだけど、私はおかしいのが気分悪いから、確認してくれるまでずっとおかしいと言っていて、諦めない。そうするとすごく相手にプレッシャーをかけてしまうみたいで申し訳ない。そういうふうになってしまうのは何なのか。 山を無事に降りるという共通の目標がないからだろうか。それとも山登りと仕事は違うのに、私がおかしいのだろうか。 うまく