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朱徳 - Wikipedia
乗馬姿の朱徳(1930年代)。 朱 徳(しゅ とく、簡体字:朱 德、繁体字:朱 德、英語:Zhu De(ヂュー・... 乗馬姿の朱徳(1930年代)。 朱 徳(しゅ とく、簡体字:朱 德、繁体字:朱 德、英語:Zhu De(ヂュー・ドゥー)、1886年12月1日 - 1976年7月6日)は、中華人民共和国の政治家、軍人。原名は朱 代珍、朱 建徳、字は玉階。中国共産党入党以来軍事部門を指導し、中国人民解放軍の「建軍の父」と評される[1]。1949年10月1日の中華人民共和国建国後は元帥の首席に列せられ、国家副主席、中国共産党中央委員会副主席、全国人民代表大会常務委員会委員長(国会議長に相当)などの要職を歴任した。 なお晩年の1975年1月の憲法改正により、国家主席が廃止され、全人代常務委員会が国家元首の権能を果たすようになったので、1976年に死去するまでの短期間だが、朱徳が中華人民共和国の国家元首格(在任:1975年1月17日 - 1976年7月6日)だった。 延安での朱徳(中央正面の人物。1940年10月