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さようなら、わたしの神様だった人 -小林賢太郎引退について|四月
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さようなら、わたしの神様だった人 -小林賢太郎引退について|四月
高校生の頃、宗教にハマりたくなった。もうなにも考えたくなくなってしまって、毎日ただただ何故か不安... 高校生の頃、宗教にハマりたくなった。もうなにも考えたくなくなってしまって、毎日ただただ何故か不安で、なにか強烈に強いものをただ信じてそれの言うことを聞くだけで生きていきたかった。あの頃は寝ても覚めても死にたかった。でもなんとか生き延びたかった。死にたいから、死なずに済む方法を、いつも模索していた。 なにか同調できる思想の宗教はないかと思って本気で調べたけれど、結局見つけることは出来なかった。世の中にはあんなにたくさんの宗派があるのに、どれにもイマイチ共感できなかった。書きながら今思ったけど、そういうのって別に「ハマろう」と思って調べてハマれるもんじゃないんでしょうね。恋と同じです。ハ? ちなみにリトル・ぺブルとかいうやべえ教団を見つけたときは震えながら笑った。調べてみてもいいけどマジで自己責任でお願いします。でもまああんなもんでも、信じ切って思い込めたら幸せなんかなあ、と思った。 自分の中