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連載「記憶の本棚」 第14回|ProPara
年がら年中椅子に座って本を読むことを商売にしている人間にとっては、俗に「寺に入るまで治らない」と... 年がら年中椅子に座って本を読むことを商売にしている人間にとっては、俗に「寺に入るまで治らない」と言われる病気は大敵である。その例に漏れず、わたしも若い頃からその病気に慣れ親しむようになった。まだその状態を楽しむだけの余裕があった時期には、本好きのそれこそ死ぬまで治らない病で、病院を訪れる代わりにその種の文献を好んで読んでいたものだ。講談社文庫に入っていた山田稔の『スカトロジア(糞尿譚)』を読んだのは、二十代の終わり頃ではなかったかと思う。 いかにもフランス文学者らしく、糞尿をめぐるウンチクばなしが盛り込まれていて楽しく読めるが、本書が精彩というか異彩(異臭?)を放っているのは、「I外科病院にて」と「ウンコッロ・クラッター氏の世にもすばらしき体験」の二篇である。前者は、山田稔が京都の「北白川のI医院」で手術を受けたときの体験記で、手提かばんに「あのいまいましい」セリーヌの『夜の果ての旅』一巻