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九鬼周造
1888(明治21)年、男爵九鬼隆一の四男として東京都芝に生まれる。第一高等学校をへて、1909年東京帝国... 1888(明治21)年、男爵九鬼隆一の四男として東京都芝に生まれる。第一高等学校をへて、1909年東京帝国大学文科大学哲学科に入学し、ケーベル博士に師事する。1921年に東京帝国大学大学院を退学後、足掛け八年に及ぶヨーロッパ留学に出発する。1929年に帰国後、京都帝国大学で教鞭をとり、西洋哲学の普及に努める。1941(昭和16)年、53年の短い生涯を京都で閉じた。 九鬼は八年に及ぶヨーロッパ留学の間、リッケルト、フッサール、ハイデッガー、ベルクソンらから直接に哲学を学び、西洋哲学を深いコンテクストから理解することが出来る数少ない哲学者であった。その一方、長い渡欧は九鬼に日本文化への鋭い洞察をもたらした。このような九鬼の哲学は「二元性」という特徴を持つ。まず、西洋と日本との伝統のあいだでの二元性。この問題は『「いき」の構造』へと結実していく。さらに、「偶然性」と「必然性」あるいは「自己」と「