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現代物理と仏教を考えるページ - 華厳の数論
華厳経において法蔵は相入と相即についてこう述べている。相入とは一の中に多があり、他の中に一がある... 華厳経において法蔵は相入と相即についてこう述べている。相入とは一の中に多があり、他の中に一があるということをいい、相即とは一即多、多即一のことをいう。 普通の常識では、一に一を加えると二ができるように考えられるが、それは間違いであり、そんなことはありえない。と言うのは、一に一を加えると、一つが二つ集まったものに過ぎないもので、一つが増えたというだけであり、二という一つの自然数にはならない。新しい自然数は一を足すことによってできるが、単に一を足したばかりでなく、一を足した全体を同時に直感することによって、二という自然数が生まれるのである。それではそのような直感はどのようにして可能となるのか?それは一の中には二ないし十の意義を具有しているから、一がよく二ないし十を成ずることができる。一の中には二・三・四・五が備わっているのである。そこで一といっても、それは二以下と切り離されて単独に存在してい
2006/03/09 リンク