タグ

ブックマーク / mutronix.hatenadiary.org (24)

  • iPodを買ったらまず自分のライブラリを重くすることを考える - 焚書官の日常

    Kindle関連の記事を眺めていて、実用書や流行の小説が電子化すれば売れる、という調子のものがわりとあって、そうか? と思う。この話は継続的なテーマとして読んでいくべきだと思ったが、とりあえず自分の問題意識をメモ。 売れ筋の電子書籍を結びつけるのは、「iPodを買ったら売れてる曲や好きな曲を入れて聴くだろう」という発想と変わらない。「好きな曲を入れて聴く」のはウォークマンでもできた。 iPodというのはそういうものではない。あるときはクラシック、あるときは電子音楽、あるときはPodcastを、シチュエーションや気分に応じて切り替えて消費するための、ライブラリだ。 ライブラリのヴァラエティが、直接、iPodの価値を決める。であるなら、たとえば、実用書や最近の小説漫画と同じくらいの比率で古典が読めることが、電子書籍のひとつの価値だろう。 実際に、Kindleを、いくつか買って入れてみ

    iPodを買ったらまず自分のライブラリを重くすることを考える - 焚書官の日常
  • iPadについて - 焚書官の日常

    iPhoneを手に入れて最も革新的だと思ったのは「居酒屋でブラウザを人と一緒に眺められる」ところ。「人に見せてあげる」ではなく。 携帯電話やWMとの違いはボタンがないこと。ボタンとは何か。「このデバイスは私のものである」という、デバイス=UIの所有権を示すものだ。他人の携帯電話のブラウザを操作するのは、他人のを借りるようなもので、居心地が悪い。どれだけ「触っていいですよ」といっても、UIはデバイス固有のもの=デバイスの持ち主のものなので、結果、持ち主がそうでない人に「見せてあげる」ことになる。 指でしかさわれないブラウザは、「走る奴も走らない奴もいいから全員裸足になれ」と強制し、それで私たちは、ブラウザの前ではかなり平等になった。 iPadではそれが「閲覧」だけじゃなくて「編集」に関しても起きるんだな、と思った。 例えば何人かで一緒に文書を作るとする。ノートPCを囲んで、誰かが操作しなが

    iPadについて - 焚書官の日常
  • 諸君、私はスコットランドヤードが嫌いだ (reprise) - 焚書官の日常

    先日スタバでだらだらしているとき、近くの席で、「iPhoneでネットビジネス」だかなんだかいうをはさんで話をしている人たちがいた。聞くともなく聞いていると: A「**さんはブログとか書きます?」 B「いやー、一応はじめてみたけどネタがなくって」 などといった会話が気になる。 私の語彙センサが、会話から「ブログのネタ」、という言葉を発見し、話者Bの性質をある範囲に固定した(決めつけた、とも言う)。そしてそういう会話にうんうんとうなずく話者Aの性質を、もっと狭い範囲のどこかに固定した(決めつけた)。 だいたい、iPhoneでネットビジネス、という意味がわからない。ヤフオクの入札いつでもできるよ、という話なのか、AppStoreで一山当てろ、ということなのか。しかし、iPhoneアプリケーションを作ってみようというエンジニアなら、「ブログのネタ」なんて言うまでもなく、書くことなんて死ぬほどある

    諸君、私はスコットランドヤードが嫌いだ (reprise) - 焚書官の日常
  • ゲームとはふつうの人には「非日常」の演出みたいなこと - 焚書官の日常

    http://pcod.no-ip.org/yats/search?query=http%3A%2F%2Fbit.ly%2FioL7X http://b.hatena.ne.jp/entry/www.ideaxidea.com/archives/2009/10/bangkok_drinking_game.html 脳のなかの古い部分の自分がこう言った。 これをゲームとか面白そうとかどんだけ娯楽燃費がいいんだ。そういう人は、チェーン系居酒屋で一個だけ辛いのの入ったたこやきを注文したりして、ったときのリアクションを見たりするのも楽しいんだよねきっと。わーわー。 Twitterの自分が、捻ってこう言った。 中年ゲーオタは、リア充にとっての「ゲーム」=「負けたら酒を飲む」に不機嫌さを出さずに適応する能力を問われる。 私は酒は飲めないほうだから、こういう遊び(?)をやらされたら気で嫌がるかも知れ

    ゲームとはふつうの人には「非日常」の演出みたいなこと - 焚書官の日常
  • 「SBS=ミニブログ」という視点から見えてくる、ブクマに足りないもの - 焚書官の日常

    承前 何かに関心を持って、ちょっと検索してみて、興味を惹いた記事、あとでゆっくり読もうと思ったものを、ブックマークする。 私がブックマークしようとすると、ときどき、「このエントリはすでにブックマークされています」と、出て来る。昔自分がブックマークしたものを、もう一度ブックマークしようとしたらしい。 これは、私の物忘れがひどい、という話かしら。でも、そういう細かいことを忘れるために、ソーシャルブックマーク(以下SBS)を使っているはずなので、私は悪くないはずだ。 「SBSはミニブログなんです!」「なるほどー」 ここに、SBSが「ミニブログ」である、という視点から、補助線を引く。その日考えたこと、目にとまったものをブックマークしていくわけだから、ミニブログと言ってしまっても問題なさそうに思える。(see.google: ミニブログ ソーシャルブックマーク) すると、さきほどの二重ブクマ問題は、

    「SBS=ミニブログ」という視点から見えてくる、ブクマに足りないもの - 焚書官の日常
  • 「確かにいい話だが…」 - 焚書官の日常

    中学生の自由研究:「確かにいい話だが当だろうか? グーグルで調べてみました」 おとなの疑問(別に中学生の疑問でもいいけど):「確かにいい話だが、私はどうしてこれをいい話と感じるのだろうか?」 提示された話が当かどうかという検証は、私でなくてもできる。でも、私がいい話と感じてしまうことの解明は、私にしかできない。

    「確かにいい話だが…」 - 焚書官の日常
  • わたしはなぜ書店に行くのか - 焚書官の日常

    もっぱらAmazonでしかを買わない人を大きな書店に連れて行ったら衝撃を受けていた、という話(創作? 実話? どっちでもいいけど)を読んだ。 ブックマークコメントも読んだ。 一覧性が高いとかレコメンデーションがない、といったことが、べつだんリアル書店の強み/弱みとは思えない。それAmazonから逆算して反対の性質を挙げてるだけだろ。 わたしが書店に行っておどろくのは、私が買わないが、私が欲求しているものとはべつに、あらかじめ「もの」の形をとってそこに「ある」ということだ。いうなれば、それらは他人の欲求である。 Amazonから、じぶんの興味やblogのレコメンドを辿って、のレコードが抽出され、「買う」ボタンを押して、という実体が自宅に届けられて、自分の部屋の棚にそれが並ぶ、というシーケンスの中には、他人の欲求が入る余地がない。 あるいは、わたしが触れ、そのとき買わないを、このあ

    わたしはなぜ書店に行くのか - 焚書官の日常
  • 「つまらないなら面白くすればいいじゃない」について - 焚書官の日常

    手を動かしてコードを書くのが、唯一の「面白くする」ことだと考えられているなら、そういう世界では、全ての読者は作家になることが義務づけられる。 私の定義では「面白くなる」というのは、何かに触発されて私の認識がひんまがることを指す。だから「面白くする」というのも、わりと自分の認識の問題だと思っている。 作家と読者の喩えで書く。「面白い」経験を得るために、私たちは「おなじ作家のを買い続ける」ような行動をとる。そうして、買ったものに対して「いまいち」だのなんだのと言ったりする。世界を面白くしたいのなら、自分がを書けばいいはずなのに。どうしてだろう。 いいコード・いい作品が面白い世界をつくる、というのが唯一の真理ならば、だって、作家の名前を伏せて売って、読者は売れ筋トップから順番に買っていけばいい。そこに並ぶラインナップが豊かなことが、世界が面白いということになる。さぁ君も面白くしたいのなら作

    「つまらないなら面白くすればいいじゃない」について - 焚書官の日常
  • Slice - 焚書官の日常

    a. PHPの壁の話を振った反応によって、その人が「また覚えなきゃいけないんだ…」みたいなことを言う人かどうかがわかる。 あー違うな。「自分の認識が変形していくのが楽しい人」と、そうじゃない人がいて、両者はあんまり話題が噛み合わないから、別にPHPの話を振らなくてもちょっと話せばわかるような気もする。

    Slice - 焚書官の日常
    extramegane
    extramegane 2008/02/01
    「「自分の認識が変形していくのが楽しい人」と、そうじゃない人」
  • 読むことについて - 焚書官の日常

    『ジョナサンと宇宙クジラ』『ミニ・ミステリ100』を買って、喫茶店で読んでいた。 「九月は三十日あった」を読んだ。こんな話だ。 男が、古道具店で見つけた家庭教師ロボットを買って、家に帰った。この時代、増えすぎた人口に対応するため、教育をはじめとするほとんどのサービスにはテレビが使われている。教育サービスはシリアルフレークの企業が提供している。男は、フェイストゥフェイスで教育を受けたことのある最後の世代だ。それから後の時代、テレビ教育企業がネガティブキャンペーンを行ったこともあって、実体を持った教師への風当たりは強い。顔をしかめると息子をなだめながら、男はロボットのスイッチを入れる。古き良き時代のロボットは、男の記憶にある、ほんものの先生のように働くが…。 あとは、まぁ、それなり。なんということはないが、わたしはおっさんなので、こういう話でも簡単に涙腺が緩む。 しかし、その感覚が、ほぼ生理

    読むことについて - 焚書官の日常
  • Slice - 焚書官の日常

    a. 河原町の飲み屋で、来熊した友達と飯。お店のマスターに「ヴァン・モリソンならムーンダンスから聴いたほうがいいっすよ」と教わった。そうそう、「アストラル・ウィークス」持ってて、全然意味わかんなかったのを誰にも告白できなかったんだ! この界隈は若い人たちによる町おこしが盛ん。フライヤーを貰った。そこに載っていた店長インタビューに出ていた、ギャラリーオーナーの女性の言葉:「この町に足りないもの:客観視」。おれはMなのでゾクゾクしましたね。

    Slice - 焚書官の日常
    extramegane
    extramegane 2007/11/13
    「ギャラリーオーナーの女性の言葉:「この町に足りないもの:客観視」。おれはMなのでゾクゾクしましたね。」
  • だんだん腹が立ってきた - 焚書官の日常

    おれはここでこうやっていいかげんな日記をもう5年書いていて、言っていることの多くは同じことの繰り返しなわけだけども、そういう立場から見ると、たかだかひとつの匿名エントリで自分の「事実」「真実」とやらを告白することは、書くことに対して、そうとうにお気楽な態度ではないかと思える。 そして、たかだか一つのエントリを読んだくらいで、その人の「事実」「真実」に触れた気になり、それ以外の叙述の可能性を不誠実だと抹殺したがる読者とは、なんという鈍感な人達だろうかね。 anondに寄せられた告白を読んでいてわかることは「結局わたしたちは他人の生の断片にしかふれられない」ということではないのか。それ以上の何を、わかった気になっているのだろう?

    だんだん腹が立ってきた - 焚書官の日常
  • 「まじめにやれ」 - 焚書官の日常

    http://fragments.g.hatena.ne.jp/knephin_steg/20071109/1194554474 で、はてブコメントに言及をもらったので、関連したことを書く。 anond.hatelabo.jpに虚構を書いて遊ぶと、皆が音を書きあっていた空気を壊してしまってよろしくない、という意見がある。 そうだな、とは思うが、それで壊れてしまうようなものなら、仕方がないんじゃないか、とも思う。壊れる部分は、もとから無根拠なバブルだったのでは。 虚構だって音だって、まじめに書いている時点でおなじリングにあがっているのだから、そこで共存すればいいと思うのだ。 もしも自分が ここはみんなが音を書きに来てるところなんだよ、まじめにやれ と言われたら、私はこう返す。 たとえばあなたが、自分の不遇をanondに書いている人だとして、あなたが当に不遇かどうかは、あなたの書いたも

    「まじめにやれ」 - 焚書官の日常
  • 推理まつり - 焚書官の日常

    ホームズのゲームブックの二冊目を入手したのと、家に死蔵してある「スルース」「修道院殺人事件」を久しぶりにやりたいのと、「ひぐらし」と、そのあたり一緒くたにして推理まつり(自分の中で)ができそう。…頭ではそう考えるが、あまり楽しそうな気がしない。 「スルース」や「修道院」って結局メモ技術(紙・脳内問わず)のゲームなんじゃないか。前原圭一も「クルー」(「鬼隠し編」で登場する推理ゲーム)を評してそう言っていた。 あと、突き詰めると「それよか人狼面白いじゃん」で終了しそうな気もするし。少人数で遊べる人狼はないかなぁ…って、みんな思ってるよね。 geekのランキング TBしていただいたnasikaさんが見ていたランキングを私も見た。 http://www.boardgamegeek.com/browser.php?itemtype=game&sortby=rank&categoryid=39 いろい

    推理まつり - 焚書官の日常
  • wikiとblogを両方使うにはどうしたらいいか。 - 焚書官の日常

    「wikiがストック」 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2005/06/28/232219 otsuneさんほどではないが*1、「なるほど!」というコメントが多いのに驚いた。はてなブックマークでのことだったので余計に。 問題意識 id:otsuneさんの指摘をそのまま使わせていただくと、たださんが「やはり、blogとWikiは個人サイト構築の両輪だ。」と書かれているように、2年くらい前には、blog/Wikiをどうにかしてくっつけて回せないのかなぁ、という問題意識はあったのだと思う。 はてなダイアリーで はてなダイアリーでは「キーワード」がWiki的に使えるのだが、それを使うユーザは自分だけではないので、自分のメモ置き場としては使えない(好きなことが書けない)。 以前から、全体のキーワード空間とは別途、自分の日記に繋げて使える「自分

  • I see your face, and I like your face - 焚書官の日常

    はてなダイアリーの日記を見ていて「この人はまたこんな、どこかで見たようなことを言っているのか」と思うことが増えた。「またこんな」の「また」というのは、書き手が繰り返しているのではなく、読み手である自分が似たようなもののまわりをほっつき歩いているという意味。 自分の精神状態が原因なのかも知れないし、何も為さないままここ(日記を読み書きすること全般)に長く居すぎて、正直飽きた、ということもあるだろう。 自分はほとんど人の日記を読まない。主体的に、なんだなんだ、と思うときというのは、何かもめごとが起きているな、というときだったりする。もめごとの多くは、結論がでても「そんな気持ちの問題やら態度の表明やら、どうでもいいじゃねぇか」と思うので、ますます読みたくなくなる。 どうでもいいじゃねぇかと思う一方では、その話題がその人にとって目下重要なことだし、書きたい気分だから書いているのだ、ということはわか

    I see your face, and I like your face - 焚書官の日常
  • じぶんグループを作ってみた - 焚書官の日常

    またそんな…。 g:mutronix bbs/taskメインで使う予定。bbsはオープン設定の予定です。 今更、なんで… 経緯を思い起こしてみる。あるいは歴史を捏造。 グループのサービスができたばかりのとき、自分が自由に使えるキーワード空間+ダイアリというのは魅力だと思ったが、g:mutronixという名前で取ってしまうのはやはりちょっと抵抗があったし、そういう名前のグループだと人が入ってこられないと思った 書くときは別に一人でもいいし、グループ内で議論するなんていうことは最初から考えていなかったんだけど、誰かがそこにいるという下支えがないと自分は書かなくなるので g:fragmentsをこっそり自分専用辞書グループとしてとってみた プレフィクスを付ければ他人と干渉せずにwikiっぽく遊べるのでは? というアイデア。このアイデアが最初からあったわけではないと思うが、ひとりグループのときも

    じぶんグループを作ってみた - 焚書官の日常
  • ケータイ小説の腐しかた - 焚書官の日常

    仄聞するかぎりの「性と暴力のホンネ世界」「ホストが出てきて」「エイズにかかって」「主人公死んじゃう」という話には確かに自分も面白さを感じないのだけど(読んだことないから知らない)。 そういうふうにひとまとめにできるジャンルの書き物があったとして、それが面白いのは、小説的な面白さではなく、「ひょっとしたら私も…」という地続き感によるものではないかと、昨日ちょっと思った。 ほとんどないが、もしかしたらあるかも…という不安に根ざした感覚で駆動して読んでしまう。 友達と一緒に自分の家に帰って、自分はベッドの上に座ってだらだら話をしていたら、友達が「ねぇジュース買いに行こう」と必死に言うので、ジュースなら冷蔵庫にあるのに、とぶつくさいいながら一緒にコンビニに出たら…「早く警察に電話して! さっき**ちゃんが座ってたベッドの下に、斧持った男がいたんだよ!」 …という話があるけど、そういうのと似たものと

    ケータイ小説の腐しかた - 焚書官の日常
  • 謝罪に関するソーシャルハック - 焚書官の日常

    折口会長は、髪型を頭でっかちにすることで、自分のテレビうつりにパースをかけて「うつむき加減」というサブリミナルな印象を与えることに成功している気がする。 頭が△だとえらそうだが、▽だと低姿勢。 漫画入門で出てくる「頭の中で目の位置が低いと子供に見える」という知識も利用できる。

    謝罪に関するソーシャルハック - 焚書官の日常
  • ポーランドのゲーム賞で、大賞は「電力会社」 - 焚書官の日常

    http://www.tgiw.info/2007/05/post_496.html このニュースがおれにとってやや面白いのは、「電力会社が大賞!」というところであり、喩えるとXBoxみたいなハードウェアに限定したゲームの大賞を決めるのに、ラインナップが淋しかったから「ヘイロー」になっちゃった、みたいな雰囲気を感じたからなのですが、それを説明するには紙幅が足りません。もしくはレポートを書くためのデジカメが足りません。 簡単に書くと、説明含めて4時間くらいかかるゲームで、数円単位の勘定を間違えると、その後の成長曲線の伸びが遅くなってしまって挽回はほぼ不可能、というものです。風力発電のカードが出ると「風力キター」などと言います。

    ポーランドのゲーム賞で、大賞は「電力会社」 - 焚書官の日常
    extramegane
    extramegane 2007/05/25
    ほとんどゲームの内容は伝わってこないのですがなぜかほっぺがゆるむ文章ですふしぎ