27歳の時に新聞のマイコンブームに関する記事を読んだことがきっかけで、NECのPC-6001を購入し、プログラミングにハマっていく。歴史などの暗記科目が苦手で、数学が得意だったこともあり、BASICからマシン語までをマスターしていく。 転機となったのが、1982年にエニックスが開催した伝説のゲームコンテスト「第1回ゲーム・ホビープログラムコンテスト」だ。週刊少年ジャンプで「マイコンゲーム特集」を担当していた堀井氏は、自作のテニスゲーム「ラブマッチテニス」を手直しして応募し、見事入選を果たす。 これがきっかけでエニックスからゲーム開発の仕事が舞い込み、「ポートピア連続殺人事件」を開発。そこから「ドラゴンクエスト」シリーズの開発につながっていく。 このあたりのくだりは書籍やインタビューなどであきらかになっている点も多いため、本レポートでは堀井氏の「モノ作りの原体験」や、「ゲーム作りにつながるエ