漫才の舞台、ヒマラヤの高峰、詩が生まれる現場……。小説を読む楽しみは、社会のそれぞれの場所で生きる人間の息遣いに触れられることにある。今月の文芸誌は、様々な書き手による生身の人間を感じさせる作品があった。 お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さん(34)の「火花」(文学界)は、みずみずしい青春小説だ。「面白い」人間になることをひたすら目指したある若手漫才師の20歳からの10年間を描いた。 熱海の花火大会に設営されたステージから、物語は始まる。若手芸人の<僕>は、誰も見ていない舞台でとがった芸を続けるコンビと出会う。終了後、その4歳年上の先輩と酒を飲み、酔って「弟子」にしてほしいと頼む。先輩は代わりに自分の言動を覚え、伝記を書いてくれと言った。 バイト、ネタ合わせ、小さな舞台。面白い漫才のため、日常全てを芸人っぽく振る舞う先輩とつるむ日々。年を取ることにおびえ、夢を見続けた彼らの時間が刻まれる。