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![藤木久志『刀狩り―武器を封印した民衆』 岩波新書 新赤版965(2005年8月19日発売)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/cd2a304f98c0233ccd9897b5d184c5e6f17eeddc/height=288;version=1;width=512/http%3A%2F%2Fwww.iwanami.co.jp%2Fimages%2Fcommon%2FogImage.jpg)
暑い日の犬のうた - 窪橋パラボラ 窪橋さんによる上記のエントリを拝読していたところ、にわかに雷に打たれたような感覚(いえ、そんなたいそうなものじゃないですし、実際、雷に打たれたことなどないのですが)とともに、僕の脳内にとある音列が降りてきました。 これはたいへん珍しい現象であるように思われましたので、この音列をMML記法をもって記録しておくことにいたしました。(はてなブックマーク - poccopenのブックマーク / 2010年8月25日) が、この音列をウェブブラウザを介して聞くことができる形で公開するに当たっては、はてなのMML記法(テキストで音楽が演奏できる、「メロディ再生記法」(MML記法)をリリースしました - はてなダイアリー日記)を使いこなすことあたわず、仕方なくMIDIにて打ち込み→MP3化という手法を選択いたしました(10分くらいのやっつけ仕事)。 センスのかけらも感
(お気に入りの場所その1) <前奏> わんわん わーん わんわん わーん わわん わんわん わーん ◇◇◇◇◇ (お気に入りの場所その2) 犬は涼しいところを知っているのよ、 一番涼しいところを知っているの。 涼みかたを知っているのよ、 どうしたら一番涼しくなるのか知っているの。 冷たい床にくっつきます。 なるたけ広くくっつきます。 お腹もぴったり、 お顔もぴったり、 耳の先までくっつきます。 (※) ぬるまってきたら移動します。 ぬるまってきたら移動します。 (※) (※くりかえし※) (お気に入りの場所その3) じゃまをされたら逃げるのよ。 別の涼しいところに行くの。 しつこい人間はやんなっちゃう。 いなくなるまで逃げるのよ。 (お気に入りの場所その4) 犬は涼しいところを知っているのよ、 涼しいところをぜんぶぜーんぶ知っているの。 ◇◇◇◇◇ <コーラス> わんわん わーん わんわん
1945年リヨンに生まれる。サン=クルー高等師範学校出身。ルイ・ル・グラン高等学校教諭。パリ第一大学助手、社会科学高等研究院助教授を経て、現在は社会科学高等研究院の研究指導教授をつとめるかたわら、同研究院歴史学研究センターの所長として精力的に活動中。また、プリンストン大学、カリフォルニア大学バークレー校、エール大学、コーネル大学などの客員教授・客員研究員を歴任している。印刷物の浸透がいかにして人々の社会的結合のあり方を変え、新しい思考様式を生み出し、権力や宗教との関係を変容させたか、をテーマとし、書物を読むというプラチックをとおして人々がテクストをみずからのものとする《アプロプリアシオン》の様相を射程に入れた、新しい文化史を構想する。著書Figures de la gueuserie (Montalba,1982)、Lectures et lecteurs dans la France d
「読むとは何か」を考える読書。 読むとは常に、目の前のテクストに対して取り組むこと。そのため、あらためて「読むとは何か」と問われると、途端に見えなくなる。「読んでいる自分」をメタに語れればよいのだが、むつかしい。最近(といってもここ十年くらい)、ハイパーテクスト論や情報のインデックス化は、しつこく聞かされる。しかし、もっと長期スパンで見た場合、どういう変化が起きるのだろう(起きているのだろう)。これを考えるためには、やはり歴史からのアプローチが適切になる。 フランスの歴史学者、シャルチエと考えてみよう。ロジェ・シャルチエ氏は来る9月7日、国会図書館で公演をする。タイトルは、「本とは何か。古代のメタファー、啓蒙時代の諸概念、デジタルの現実」。さらに福井憲彦氏と長尾真氏を交えて鼎談をする。長期スパンで考えるよい契機となるだろう。先着順なのでお早めに↓ 国民読書年記念ロジェ・シャルチエ氏講演会「
「私の友だちなんて、もう二週間も行方不明だよ」 ええっ。私はかなり驚いた。老人界では、そういうことはよくあることなのか? 「いやあ、徘徊老人のために警察は動いてくれないしねえ。いつものことだから、家族ももう諦めてるみたいだよ」 「でもさすがに二週間はまずいんじゃ……。例のアナウンス*1はかけたんですか?」 「うんにゃ」 なんでもないことのように、おばあさんは首を振った。自発的楢山節考というかなんというか、老人たちの潔さにたじろいでしまう。もしかしたらこうやって、人知れずどこかへ消えてしまった老人はたくさん存在するのだろうか。死亡届も出されないままで、市役所の戸籍係が、「あれ、この人、今年で百四十五歳だぞ?」と首をひねるケースが多くあるのかもしれない。 三浦しをん『人生激場 (新潮文庫)』*2 百四十五歳どころではなかった。 今や国内最高齢記録は200歳に達した。人類は、まったく意識しないう
以下エントリを未読の方は、ぜひそちらからご覧ください。 翻訳者「25年前に頼まれた翻訳オワタ\(^o^)/」 出版社「え」 http://d.hatena.ne.jp/islecape/20100823/p2 上記エントリの続編として、岩波文庫のあとがきで翻訳者がいかに「怠惰につき出版が遅れてしまいお詫びする」的な謝罪をしているかを調べあげ、2020年に岩波文庫白帯(社会科学系)のあとがきを100冊調べた「遅くなってごめんなさい>< 10年間ずっと気にしてました><」を発表*1し、さらに2030年には岩波文庫青帯(哲学・自然科学系)の後書きを100冊を調べたうえで「遅くなってごめんなさい>< 10年間ずっとry」を投稿する予ry それはともかく前エントリについて補遺をふたことみこと。 ※なお、今回もタイトルはふざけ気味ですが、おもしろおかしく笑わせるようなエントリにはぜんぜんなっていません
塩尻公明さんの悲劇 岩波文庫版ジョン・スチュアート・ミル著『自由論』(原題:"On Liberty")のあとがきに、岩波書店の吉野源三郎がこんなことを書いている。 一九三八年ごろ、三木清、栗田賢三両氏と私とで相談して、岩波文庫に収録すべき哲学関係の文献のリストを作ったことがある。ミルの『自由論』もその中に入っていた。そして、その訳者としては河合栄治郎氏が最も適任だということは、私たち三人だけでなく、当時何人も認めるところであった。 吉野源三郎「あとがき」*1 J.S.ミル『自由論 (岩波文庫)』(塩尻公明、木村健康共訳)*2 吉野は河合栄治郎に学んだことがあり、河合もこの依頼を受諾。しかし自由主義者であった河合が軍部と対立して、いろいろあった結果休職処分となり(平賀粛学)、さらに出版法違反で起訴され法廷闘争を繰り広げることとなるにより『自由論』の翻訳どころではなくなってしまう。けっきょく河
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