2023年3月、イラク北部クルド自治区はつかの間の春となり、花々の咲き誇る美しい季節を迎えていた。菜の花から菜の花へ、ミツバチたちがせわしなく飛び回る。穏やかに見えるこの風景も、「忌まわしい記憶を呼び起こす」からと、手放しで喜べない人々がいる。 虐殺は春に起きたからだ。 1988年2月から9月にかけ、サダム・フセイン政権はクルド住民たちを掃討する「アンファール作戦」を決行する。“アンファール”とは「戦利品」を意味する『コーラン』の中の言葉だ。わずか7ヵ月あまりの間に破壊された村々では、18万人が犠牲になったといわれている。同年3月16日には、イラン国境に面したハラブジャの街に化学兵器が投下され、サリン系のガスなどで約5千人の命が奪われた。 こうして数々の残虐行為に手を染め、強大な権力で支配を続けてきたサダム・フセイン政権が倒れたのは、20年前のことだった。しかしそれは、「力」を用いた排除だ