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ブックマーク / www.webchikuma.jp (23)

  • 歴史家が手の内をさらしてみる|ちくま新書|松沢 裕作|webちくま

    史料とはなにか。それをどう読んでいるのか。そこからオリジナルな議論をいかに組み立てるのか。歴史学がやっていることを明らかにした『歴史学はこう考える』の「はじめに」を公開します。 私は歴史家です。「歴史家」という日語の単語の響きは、「歴史学者」よりも少し重々しく響くので、自称するのはちょっと気恥ずかしいという同業者もいるのですが、とりあえず書では、私や、私の同業者と言えそうな人たちを広く「歴史家」と呼ぶことにします。 そして、書は「ちくま新書」という新書シリーズの1冊です。歴史家が書いた新書というのは、それぞれの新書レーベルからそれなりの点数が出版されています。大規模書店の新書コーナーにいけば、そうしたを何十冊と見つけることができるはずです。あるいは、このを手に取っているみなさんも、そのうちの何冊かを手にしたり読んだりしたことがあるかもしれません。歴史家が書いた新書は、たいてい、過

    歴史家が手の内をさらしてみる|ちくま新書|松沢 裕作|webちくま
    gcyn
    gcyn 2024/09/03
    『 「専門家はえらい」ということを言いたいわけではありません/自身も自分たちのやっていることをあまりうまく説明できていないのではないか/歴史は案外怖いものです/歴史は結構、「役に立って」しまうのです』
  • 「丸サ進行」と反復・分割の生 (3)|愛のある批評|西村 紗知|webちくま(1/2)

    人や作品が商品として消費されるとき、そこには抗い、傷つく存在がある。 2021すばるクリティーク賞を受賞し、「新たなフェミニティの批評の萌芽」と評された新鋭・西村紗知が、共犯者としての批評のあり方を明らかにしつつ、愛のある批評を模索する。 丸サ進行は、まだ絶対いける。 4.「ウェルメイド」性からの脱却へ向けて ずっと真夜中でもいいのに。の「丸サ進行」の実践は、防波堤の変奏にその眼目を置くものであるように思う。この防波堤を乗り越えることが、「丸サ進行」曲の言わば共通課題ではなかろうか。しかし「ずとまよ」の場合、その表現の比重が置かれているところの、自己理解の遅延並びに他者との衝突の回避とあいまって、防波堤の克服も遅延されたままとなる。「丸サ進行」の特性を最も理解しているのは彼らだと思う。「あいつら全員同窓会」でストリングスを導入しているのは、さりげなく革新的だ。より生っぽい器楽的音色と機械的

    「丸サ進行」と反復・分割の生 (3)|愛のある批評|西村 紗知|webちくま(1/2)
    gcyn
    gcyn 2024/05/18
    『この原稿で筆者が一生懸命説明しようとしたことが、ほとんど役に立っていない/もはや〜別のゲームをやっているのではないのかとさえ思える/まだ絶対いける/音楽の自由は〜歌詞の内容のことではない』
  • 「丸サ進行」と反復・分割の生 (2)|愛のある批評|西村 紗知|webちくま(1/4)

    人や作品が商品として消費されるとき、そこには抗い、傷つく存在がある。 2021すばるクリティーク賞を受賞し、「新たなフェミニティの批評の萌芽」と評された新鋭・西村紗知が、共犯者としての批評のあり方を明らかにしつつ、愛のある批評を模索する。 丸サ進行のウェルメイド性にもっとも切実に向き合う”ずっと真夜中でいいのに。”が表現する、徹底した逡巡。 2.問題は「ウェルメイド」性に対する解像度と、具体的にアーティストそれぞれがこれにどう向き合っているかである そういうわけで、ひとまず「丸サ進行」の基的な用例と性格とを押さえておいた。そして、相対性理論の実践により「丸サ進行」の隆盛は準備されていたと、例としては不足しているが一応言ったこととする。こうして前段階があったのだから、その帰結としての作品に、息苦しいとか展開がないなどと文句ばっかり言っていてもしょうがないのである。 他の人の意見を基にもう少

    「丸サ進行」と反復・分割の生 (2)|愛のある批評|西村 紗知|webちくま(1/4)
    gcyn
    gcyn 2024/05/18
    『筆者の方向性は〜「ウェルメイド」性に対する解像度を上げること』『「ウェルメイド」なのもそれほど楽ではない』『あるシステムに属していたものが別のシステム〜でそのまま新たな声を発するものなのだろうか』
  • 二十一世紀の日本の首都に於ける超高層ビルの林立はその国の凋落を予言しているように思えてならない|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま

    蓮實重彥さんの連載時評「些事にこだわり」第15回を「ちくま」9月号より転載します。延々とつづく渋谷駅周辺の再開発。東横線の地下化はじめ誰も便利になったとは思っていないはずの一連の大工事は都市再開発法によると「公共の福祉に寄与することを目的とする」そうなのだが、当に? との疑問についてお話しさせていただきます。 避けようもない暑い日ざしを顔一面に受けとめながら、タワーレコードの渋谷店で購入した海外の雑誌を手にしてスクランブル交差点にさしかかると、すんでの所で信号が赤となってしまう。階段を降りて地下の通路に向かう方法もあるにはあったが、年齢故の足元のおぼつかなさから灼熱の地上に立ったまま青信号を待つことにしていると、いきなり、かたわらから、女性の声がフランス語で響いてくる。ふと視線を向けると、「そう、シブーヤは素晴らしい」と「ウ」の部分をアクセントで強調しながら、スマホを顎のあたりにあてた外

    二十一世紀の日本の首都に於ける超高層ビルの林立はその国の凋落を予言しているように思えてならない|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま
    gcyn
    gcyn 2023/09/22
    『「再開発」と名のつくものは嫌いなのだ/渋谷の「開発」なるものはその大半が失敗/なぜ〜たんに「開発」と呼ばれることが避けられているのか/「戦後」的な発想が無批判に受けつがれているように思えてならない』
  • ウクライナ戦争が問う我々の人間性|ちくま新書|小泉 悠|webちくま

    ちくま新書『ウクライナ戦争』の著者・小泉悠氏が、戦争について、人間について、悪について、子供たちについて、その質を率直に語った貴重なエッセイ。PR誌「ちくま」1月号より緊急転載いたします。 戦争という現象にはいろいろな顔がある。直接の戦争経験を持たず、軍事オタクとして生きてきた筆者が戦争と聞いてまず思い浮かべてきたのは、「戦闘」だった。巨大な軍隊同士が火力や機動力を発揮して敵の殲滅を目指す暴力闘争。これは間違いなく戦争の一つの顔ではある。 しかし、12年前に子供を持ってから、戦争の別の側面を意識するようになった。子供という、この弱くて壊れやすいものを抱えながら生きていくということは、平時の社会においてもなかなかに緊張を強いられるものがある。すぐに熱を出す、とんでもないことで怪我をする、迷子になる。そういう子供との暮らしに、爆弾が降ってくるのが戦争である。あるいは、子供にべさせるものがな

    ウクライナ戦争が問う我々の人間性|ちくま新書|小泉 悠|webちくま
    gcyn
    gcyn 2022/12/28
    『戦争も、犯罪も、交通事故も、どれも人間が引き起こす悪であり、この世界からなくなることはないだろう。だが、それは我々の人間社会が生きるに値しないものであることを意味しない』( ᵕ_ᵕ̩̩ )
  • 『女と刀』解説|ちくま文庫|斎藤 真理子|webちくま

    3月の新刊、中村きい子『女と刀』(ちくま文庫)の、斎藤真理子さんによる解説を公開します。 日文学の隠れた名作として、この解説を執筆した斎藤さんや、故鶴見俊輔氏などを魅了してきた作。 その魅力について、強烈な主人公キヲや作者中村きい子について、よく知ることができる解説です。ぜひお読みください。 この小説の主人公、権領司キヲは薩摩郷士の娘である。郷士とは、武士でありながら城下町に住まず、農村で農業を営む下級武士のことだ。特に薩摩藩は他藩に比べて武士が非常に多かったため、全員を城の城下に住ませることはできず、領地を細かく分けて分散配置する「外城制」という仕組みが生まれた。城の外に住む「外城士」(これが後に「郷士」と呼ばれた)は、権威の面では城下に住む「城下士」に遠く及ばないが、平民とは厳しく一線を画さねばならない特殊な階層である。キヲの父はその一人として、生活がいかに貧しくても誇り高くあ

    『女と刀』解説|ちくま文庫|斎藤 真理子|webちくま
    gcyn
    gcyn 2022/04/02
    『多くの場合、人は、自分の行いの大元の道理を自分で言葉にすることなどしないし、できもしない。だから、常にそれをせよと迫るキヲは変人中の変人なのである』
  • 【第141回】この2年のコロナ対策を検証する|世の中ラボ|斎藤 美奈子|webちくま

    ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年1月号より転載。 新型コロナウイルスが世界を襲って、まもなく2年。 日国内では、四度目の緊急事態宣言下の2021年8月13日に東京都の新規感染者数がピークを迎え(5773人)、日全国では8月20日に過去最多の2万5867人を記録した。東京オリンピックの開催時期とも重なる、この「第五波」が、2年間でもっとも深刻な「波」だったといえるだろう。 9月以降、新規感染者数は急激に下がり続け、12月5日の時点での新規感染者数は全国で115人(東京都は20人)。第五波をもたらしたデルタ株に代わってオミクロン株の国内侵入が報道され、「第六波」の到来も懸念されてはいるもの

    【第141回】この2年のコロナ対策を検証する|世の中ラボ|斎藤 美奈子|webちくま
    gcyn
    gcyn 2022/01/21
    『この金額を予算内に組み込むには市議会を通さなければなりません……きっと、断られるでしょう〉。一見些細に見えても、こういうことが積もり積もって、医療従事者は疲弊し、医療現場は逼迫に近づいていく』
  • 生活の練習、甘寧一番乗り、証拠集め|特集対談|朴 沙羅,上間 陽子|webちくま(1/3)

    2021年12月11日、代官山蔦屋書店でのオンライントークイベントの書き起こしです。お互いのの話から、子どものころ何を読んでいたか、原稿をどうやって書いているかまで、楽しいやりとりになりました。 上間 沙羅さん、こんにちは。 筑摩書房から、しかも同じ担当編集で二人ともを出したということで、お話をすることになりました。今日は、光栄な機会をいただきました。よろしくお願いいたします。 いま、沙羅さんどこにいるの? 朴 出オチで申し訳ないんですけど、11月なかばから帰省してました。蔦屋さんのツイッターで「沖縄とヘルシンキをおつなぎして」って書かれているのを見ながら、「うわー、私いるの上京区やねん」ってずっと思ってたんですよね。すみません! 上間 背景に牛がいっぱい映ってるから……。 朴 そうそう、雰囲気だけでもね。これでね、うしろで灯油屋さんの音とか上京区の選挙カーが通ったらどうしようってドキ

    生活の練習、甘寧一番乗り、証拠集め|特集対談|朴 沙羅,上間 陽子|webちくま(1/3)
    gcyn
    gcyn 2022/01/19
    『加害の例がきついのに、加害者が類型的というか、顔が想像つかない/加害者が、たとえ入れ替わっても気がつかないかもしれない』『「貧困な経験を貧困に抽象化する」からどうしようもないとおっしゃっていて』
  • 『現代文解釈の基礎』と出会って、僕は人になろうと思った|『現代文解釈の基礎』と出会って、僕は人になろうと思った|読書猿|webちくま

    現代文の名参考書として知られる、遠藤嘉基/渡辺実 著『着眼と考え方 現代文解釈の基礎〔新訂版〕』が、10月11日にちくま学芸文庫より文庫化して刊行されました。文庫化発表直後から大反響となり、またたく間に3万部を突破。大きな反響の火付け役は、ベストセラー『独学大全』(ダイヤモンド社)で10ページ以上にわたり書を紹介した読書猿さんでした。書の解説も手掛けられた読書猿さんに、『現代文解釈の基礎』への熱い思いと、復刊までの道のりをインタビューしました。 聞き手:斎藤哲也さん(ライター・編集者)&筑摩書房編集部 ▼復活劇の舞台裏 ――今回、ちくま学芸文庫から『現代文解釈の基礎』が復刊されることになりました。読書猿さんのツイートが弾みとなって、ちくま学芸文庫としては異例の初版部数であるばかりか、発売前に重版が決まったとうかがっています。 読書猿さんは、『独学大全』にある国語の独学法を指南するパート

    『現代文解釈の基礎』と出会って、僕は人になろうと思った|『現代文解釈の基礎』と出会って、僕は人になろうと思った|読書猿|webちくま
    gcyn
    gcyn 2021/12/28
    『最近は、昔学んだ教科書や参考書で学び直したいって人も多くて、往年の名参考書みたいなものは一般書で復刊することもあるので。現代文についてもいろいろ出てます』 『学習参考書って、図書館にない本のひとつ』
  • 地方にこそジャーナリズムが生きている|ちくま新書|松本 創|webちくま

    地方紙、地方テレビ局の現場と人を各地に訪ね歩いたWEBちくまの連載『地方メディアの逆襲』がちくま新書の1冊として刊行されました。WEB連載にはなかった「はじめに」を公開いたしますので、ご覧くださいませ。 マスメディア不信の時代が長く続いている。ネットを眺めれば、新聞の部数減少やテレビの視聴率低迷をはじめ、「オールドメディア」の衰退を伝える記事は枚挙に暇がなく、SNSには報道批判が溢れている。 「大事なことを報じない」「恣意的な切り取り」「偏向・歪曲」といった記事内容や視点への批判。「見出しがミスリード」「紋切り型のレッテル貼り」「安易な両論併記」という表現上の不満。「権力を追及・批判しきれていない」「忖度や癒着しているのでは」など取材姿勢の物足りなさ。中にはあまり根拠のない感情的反発や陰謀論の類いもあるが、概ね共通しているのは「既存のメディアは自分たちを代表していない」「望ましいジャーナリ

    地方にこそジャーナリズムが生きている|ちくま新書|松本 創|webちくま
    gcyn
    gcyn 2021/12/11
    『一方向から見ただけでは、光の当たらない陰影や凹凸があることはわからない。私は「非東京の眼」でありたい/これほど明快に、地方発ニュースの意義を説いた言葉を知らない』
  • 第11回 僕の大好きな先生|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま(1/2)

    寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第11回。大好きな先生はいますか? この連載は大幅に加筆し構成し直して、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)として刊行されています。 刊行1年を機に、多くの方々に読んでいただきたいと思い、再掲載いたします。 先生の悪口が好きな子どもたち 中高生たちって同じ学校の生徒が何人か集まると、きまって学校の先生の悪口を言い始めます。きっと彼らにとっての鉄板ネタなんでしょう。槍玉(やりだま)に上がりやすいのは、上からモノを言う高慢(こうまん)な先生、生徒の言い分に聞く耳を持たない独善的な先生、授業中に自分の話ばかりする(しかも面白くない)先生、しゃべり方のクセが強すぎる先生、清潔感がない先生……などでしょうか。 子どもが先生のことをまるで不良品みたいに悪く言ってしまうのは、先生のことを十

    第11回 僕の大好きな先生|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま(1/2)
    gcyn
    gcyn 2021/11/26
    『きまって学校の先生の悪口を言い始めます。きっと彼らにとっての鉄板ネタなんでしょう/学校ってのは主要教科以外の科目やら学校行事やら人間関係やらが重すぎる/非対称な関係のもとでなければ』
  • 第7回 君もワンチャン狙ってるの?|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま(1/3)

    寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第7回です! 子どもたちが使う「ワンチャン」という言葉は、すっかり定着して日常語になった感じがします。なぜ若い人の間で広まったのかを考えます。 この連載は大幅に加筆し構成し直して、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)として刊行されています。 刊行1年を機に、多くの方々に読んでいただきたいと思い、再掲載いたします。 ワンチャンって何だろう? 「先生もワンチャン狙って女の人に声を掛けたことありますか?」 数年前に中3の男の子からそう尋ねられたことがあって、ワンチャンって言葉は下品だなと呆(あき)れたことがあります。私は思わず「そのワンチャンの用法、どこで覚えたの?」と彼に聞き返しましたが、彼は「みんな使ってますよ」とニヤけるだけなので、「そんなこと言ってるとキモいカスだと思われる

    第7回 君もワンチャン狙ってるの?|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま(1/3)
    gcyn
    gcyn 2021/09/27
    『子どもたちが「ワンチャン」という言葉を急に使い始めた/すぐに廃れるかなと思っていたら〜日常語として定着した感さえあります/このやり場のない射幸心/パターナリズムに対するレジスタンス』
  • 第12話 震災から10年の夏の日に「誇りをもつ」ということについて考えてみた|ぼくはこんな音楽を聴いて育った・東京編|大友 良英|webちくま

    2021年9月11日(土曜)15時からEテレで、「クラシック音楽館『大友良英 presents 武満徹の“うた”』」が再放送されます。その番組への思い、そして大友さんがこの10年考えてきたことが凝縮された回です。 「誇りをもつ」ってどういうことなんだろう。10年前の震災の日からずっと考えてきたことだ。多分それ以前は「誇り」なんてことを考えたことはなかった。じゃ「誇り」なしでいいのかっていうと、そうでもなくて、考えたことがなかったってことは「誇り」に関わる危機感を経験してこなかった、あるいは、自覚しなかったってだけのような気がしている。 「誇り」ってなんだろう? 辞書を見たら「誇らしい気持ち」って書いてるけど、これ答えになってるか? と苦笑してしまった。英語だとプライドだけど、なんだかそんなもの前面に押し出すのは、自分の自慢をするヤツみたいで、どこかで下品だとオレは思っている節があって、そう

    第12話 震災から10年の夏の日に「誇りをもつ」ということについて考えてみた|ぼくはこんな音楽を聴いて育った・東京編|大友 良英|webちくま
    gcyn
    gcyn 2021/09/06
    『「誇りをもつ」ってどういうことなんだろう。10年前の震災の日からずっと考えてきたことだ/それが「誇り」ってこととは思ってなかった/まあ、こういうのって「ひがみ」とも言うのかもだけど』
  • 第6回 差別があるままに他者と交わる世界に生きている|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま

    寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第6回です! 今回はみんなの心の中にある問題です。じっくり読んで欲しいと思います。 この連載は大幅に加筆し構成し直して、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)として刊行されています。 刊行1年を機に、多くの方々に読んでいただきたいと思い、再掲載いたします。 ある高校の生徒会室にて 「K高校生徒会指導部は、来年度から、男女かかわらずズボンとスカートの着用を認める「制服選択制」を実現するために、校則の変更を求める陳情書(ちんじょうしょ)をPTA運営委員会及び校長に提出します。これは、性的少数者、LGBTQの生徒にとって学校生活が過ごしやすいものになるだけでなく、多様な価値観を受け入れ、尊重することが重視される社会の流れに沿ったものとなります。」 会長の小野さんがそう言うと、美化専門

    第6回 差別があるままに他者と交わる世界に生きている|十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス|鳥羽 和久|webちくま
    gcyn
    gcyn 2021/08/27
    『親が子供に傾ける愛情の端々(はしばし)には差別がこびりついていて、子供はそういった差別に守られているという側面さえあります。だから、「差別はダメ」と言うことがいかに難しいか』 ほんとね。
  • 女子大のトイレからはじめる考古学的思考|ちくま学芸文庫|鈴木 公雄|webちくま

    2021年2月にちくま学芸文庫より刊行された鈴木公雄先生の読んで楽しい入門書『考古学とはどんな学問か』より、考古学の考え方がよーくわかる冒頭の一節をご紹介します。 女子大学のトイレ 以前に約一〇年間ぐらい、ある女子大の非常勤講師をしていたことがある。そこの講師室のとなりに講師用のトイレがあったが、ここではじめて用をたしたとき、このトイレは何か変だなと思った。というのは、男性用の小用のためのトイレが壁にポツンと一つあり、あとはいわゆる大用のものが四つもあるばかりでなく、小用のトイレによくある両側の間仕切り板もなかったからである。 何となくまわりから無防備な感じでトイレを使うことにもようやく慣れてきたある日、ついに事件が起こった。私が用をたしているとき、背後のドアがバタンと開いて、何と女性がお出ましになったのである。イカンともしがたい私は、ただただ前をにらんで立ちつくすのみだったが、女性が出て

    女子大のトイレからはじめる考古学的思考|ちくま学芸文庫|鈴木 公雄|webちくま
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    gcyn 2021/02/23
    『なぜこんな話からはじめたかというと、以上のような考え方が実は考古学的なものの見方にほかならないからである/人間はいろいろなことをするさいに、多くの場合〜物的証拠を残す』
  • 第1回 「ゲーム条例」の不透明さを暴く|地方メディアの逆襲|松本 創|webちくま(1/3)

    地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 香川県のゲーム条例をいち早く追いかけた、香川と岡山を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送を取り上げます。 「これからは調査報道だ」とマスメディア業界で言われて久しい。記者クラブを拠点とする横並び取材で速報性だけを競う発表報道ではなく、権力や権威ある組織・人物について、独自の取材を積み重ね、まだ社会に知られていない事実を、自社や各記者の責任で報じる。そのメディアや記者が報じなければ、決して明らかにならないニュースを発掘する。それこそが報道を活性化させる、と。 だが、新聞社やテレビ局の経営が厳しくなり、記者の数も減る中、現場に余裕がなくなり、理想とは逆に、報道はますます画一化しているようにも見え

    第1回 「ゲーム条例」の不透明さを暴く|地方メディアの逆襲|松本 創|webちくま(1/3)
    gcyn
    gcyn 2021/02/03
    『「これからは調査報道だ」とマスメディア業界で言われて久しい/だが、新聞社やテレビ局の経営が厳しくなり、記者の数も減る中〜報道はますます画一化しているようにも見える/パブコメへの疑問が取材の出発点』
  • 3月の子ども|海をあげる|上間 陽子|webちくま(1/2)

    3月になってから、娘は毎日、新しい歌を歌っている。卒園式間近の保育園では、卒園式に歌う歌を教えるらしく、この時期の娘の歌はいつもとびきり新しい。 月曜日は同じ保育園のひとつ年上の子どもを私が迎えて、夕を一緒にべてお風呂に入れてからその子を家に帰す日で、私はふたりの女の子を車に乗せて家に帰る。水曜日と木曜日のお迎えはその子の母親がひきうけてくれるから、私か夫のどちらかは、その日はゆっくり仕事をしてから家に帰る。 最初のころは、「ママは風花だけをみて!」といって私を独占しようとしていた娘だったが、いつのころからかひとつ年上の女の子のことを、お姉さんという意味の「ねぇねぇ」と呼ぶようになった。卓に娘の大嫌いなほうれん草のおひたしや野菜炒めがならんでいると、娘のねぇねぇは、「ねぇねぇがべさせようね」と話しかけ、娘の口元まで野菜を運んでべさせる。車のなかやお風呂場で、どの歌を歌うかを決める

    3月の子ども|海をあげる|上間 陽子|webちくま(1/2)
    gcyn
    gcyn 2020/03/21
    『声を聴き取るこのひとは、子どもや親の傍らで、いっそう聴き取るひとになったということなのだろう』『私が辛いのは子どもや親の痛みと、それを知らないだれかが勝手に割り込んでくることなんです』
  • round.5 平成31年度東京大学学部入学式 祝辞(上野千鶴子)|フェミニスト両手ぶらり旅|金田 淳子|webちくま

    漫画・アニメ・小説ゲーム……さまざまな文化表象に、萌えジャージにBLTシャツの粋なフェミニストが両手ぶらりで挑みます。うなれ、必殺クロスカウンター!! (バナーイラスト・題字:竹内佐千子) 今回の「フェミニスト両手ぶらり旅」の題材は、私がそれなりに知っている人(恩師)の発言なので、厳密には「両手ぶらり」(ノーガード)で挑んでいるわけではない。 とはいえ、私は上野千鶴子ゼミでは他の追随を許さぬ不良学生(※不良債権という意味)だったので、面目なくて数年間お会いできていない。ここ半年間に至っては、「刃牙」シリーズという、上野先生が一生ぜったいに読まないであろう格闘マンガのことしか考えられない廃人になっている。 そういうわけで、上野先生が今年の東大の新入生に対して祝辞を述べ、それが話題になっているというニュースは、私にとってなにか「急に内側に入って来た」という感じがあった。 さっそく祝辞のページ

    round.5 平成31年度東京大学学部入学式 祝辞(上野千鶴子)|フェミニスト両手ぶらり旅|金田 淳子|webちくま
    gcyn
    gcyn 2019/04/26
    なんだカネジュンさん、またアナルと刃牙の話しかしてないじゃんか(:嘘だと思ったら記事を読んでみてください)。
  • 第14回 ストーリーは、特定の立場から見たストーリーにすぎない|それ、ほんとの話? 人生につける薬Ⅱ|webちくま

    『人はなぜ物語を求めるのか』に続く、千野帽子さんの連載第14回。出来事は見る側によってこんなに違う!? 前回のおさらい 前回、毎年盆と正月に祖父母の家で数日ずつ過ごすという僕の習慣が、15歳の夏休みを最後に途絶えてしまったことについて書きました。 祖母が会いたがっていることを伝え聞き、疚しさを抱えたまま、僕は祖母の死まで一度も顔を見せませんでした。 祖母は人生最後の10年間を、いちばん年下の孫の顔を見ないまま過ごしました。疚しさもまた、祖母の死後長いこと、僕に取り憑いていました。 そして僕は、祖母に顔を見せなかった自分の動機を、長いあいだ自分でも説明できませんでした。 いっぽう、15歳の夏休みに風呂で、頼んでもいないのに祖母に全身を洗われて、それを断ることができなかったという体験もまた、長く僕のなかに説明不可能なできごととして残り、ときどき思い出しては説明できずにまた忘れる、ということを長

    第14回 ストーリーは、特定の立場から見たストーリーにすぎない|それ、ほんとの話? 人生につける薬Ⅱ|webちくま
    gcyn
    gcyn 2018/12/09
    『自責から抜け出す方法を』
  • 第13回 スクリプト(脚本)のレパートリーにないことが起こると、人間はフリーズすることがある。|それ、ほんとの話? 人生につける薬Ⅱ|webちくま

    意味づけることができないと、「なにが起こったか」が理解できないと感じる 第10回で書いたように、人は、 「こういうことがあったから、私はこう考えた。こう考えたから、こう行動した」 という因果関係を示すストーリーを作れるときには、自分がその行動を「なぜやったか」を自分で理解していると感じます。 そうは言っても人は反射的に、あるいは上の空で、行動してしまうことがけっこうある。あとで考えても、なにを考えたからあのように行動したのかが、自分でわからないこともよくあるのです。 さらにそもそも、〈こういうことがあった〉だって、一筋縄では行きません。 「なにが起こったか」ということだって、理解するときには「意味づけ」できているのです。 僕たちが、 「自分はXという状況だった→だからYと考えた→だからZをおこなった」 という個別のストーリーを展開するとき、その背後には意識するとしないとにかかわらず、一般論

    第13回 スクリプト(脚本)のレパートリーにないことが起こると、人間はフリーズすることがある。|それ、ほんとの話? 人生につける薬Ⅱ|webちくま
    gcyn
    gcyn 2018/11/25
    『つまり一般論とは、世界観であり、人間観なのです』