津幡町立河合谷小学校(つばたちょうりつ かわいだにしょうがっこう)は、かつて石川県河北郡津幡町に存在した公立小学校。1875年(明治8年)5月1日に開校し、2008年(平成20年)3月23日に閉校した。新校舎建設費を地域住民の禁酒によって捻出した歴史を持つ。 学校の重要性[編集] 1890年(明治23年)に発布された教育勅語により、国家が先導して「臣民づくり」を優先させた。当時は礼記内則の「男女七歳にして席を同じゅうせず」の考えから、小学校も男児と女児とで分けられていたが、男児校と女児校とに校舎を分離できるのは財政力のある町村地区に限られていた。これは、初等教育にかかる費用が全て自治体負担であることが原因であり、財政難に苦しむ町村にとっては大きな負担となっていた[1]。 日清戦争や日露戦争を経て、国力の発展を受けて教育の質と量も整備され始め、それまで4年間であった初等教育も1907年(明治