広告屋さんという職業は、ひとのために書く職業です。企業になりかわって書くわけです。普通に真っ当に考えれば、そこに書き手の自我が介在する余地はありません。広告表現を極限まで持っていけば、それは企業と書き手はほぼ同一化することになります。 少し前、東京コピーライターズクラブの年鑑のテーマに「コピーは私だ。」というものがありました。コピーライターが時代の花形職業だった頃のことです。その頃には、今のブログと同じように、コピーは、コピーライターという一個人の思いがたくさんあふれていました。仲畑さん、糸井さんといったスターコピーライターの思いが、商品を超えてそこに確かにありました。 私はそうしたフリー全盛時代を少し過ぎ、広告は広告代理店が作るものだと言われ始めた頃に、この業界に入りました。そういう意味では、私の世代は迷える世代であると思います。そして、時が経ち、広告システムというブラックボックスが可視