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創作に関するggg123のブックマーク (5)

  • finalvent's Christmas story 7: 極東ブログ

    KFFサンタクロース協会にいくつか裏の顔があることは知っている。SEつまり「サイエンティフィック・エンカレッジメンツ」もその一つと言えないこともない。科学教育普及の看板を掲げているが、当にそれだけが目的なのか。しかしマリーからSEの支援に行ってほしいという話が夏にあったとき、とりあえず引き受けることにした。その日がクリスマスなのも気がかりだった。 支援先は、カイロにある英国国教会系のスクールで開催される講演会である。主役は2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞したシドニー・ブレナーと、その弟子にあたるサミュエル・ショルマンという若い学者だ。彼もブレナーと同じヨハネスブルグ出身とのことだった。ブレナーの講演は以前一度聞いたことがある。非常に面白かったが、今ではもうけっこうなお年のはずだ。 10年前と代わり映えのしないカイロ空港に着いてみると、ブレナーは出席できないとのメッセージが入っ

    ggg123
    ggg123 2012/12/25
    「問い続けるものに、祝福は贈り物として与えられる」
  • コンフリクティヴ・ラヴ - Preserved My Heart

    こんなことを言うと、お前は思春期真っ盛りの中学生か高校生かと思われるかもしれないが、僕は誰かを愛したことがない。いや、正確に言えば、誰も愛せない。愛って何だろう、というのが判らないのだ。全く。 その一因は、酷かった家庭環境と、母に対する罪悪感からだと思う。 僕の父は酒を飲んでは母に暴力を振るっていた。僕を産んだのだから、結婚当初はそんなことをしていなかったと思うが、少なくとも僕は父の笑顔を知らない。父は朝とは限らずいつの間にか起きてフラリと外に出て、夜とは限らず忘れた頃に帰ってきては酒を飲んだ。帰ってこないこともあったし、誰かを連れて帰ってくることもあった。仕事をしない父の代わりに働いていたのが母だ。母は毎朝七時に起きて夜九時に帰ってきていた。何の仕事をしていたかは知らないし知ろうとは思わないし知りたくもない。とにかく、父は何もせず、母が我が家の家計を支えていた。 父も母も毎度毎度似たよう

    コンフリクティヴ・ラヴ - Preserved My Heart
    ggg123
    ggg123 2008/02/07
    面白かったです。ありがとう。
  • 坂のある非風景 安らぎを拒む者たち #1

    この記事をnoon75氏と彼を知る者たち、彼を知らぬ者たちに捧ぐ。 小説書か(け)ないでも小説理論家という人種はいくらもいて威張っているが、建築は実際に何かを造ってみせてなんぼという特異な世界だ。理屈がいつも、もの造りの「実体論」に揶揄されてしまうなかなか面白い世界の中で、たかだかこの100年一寸という建築「史」、建築「批評」が自虐的に理屈を尖鋭化していく様子が面白いし、痛ましい。 たしかに小説は実体を持つわけではない。しかしやはり、小説理論の歴史を持たないわが国では、小説理論の語れない小説家はさして問題にされないが小説の書けない小説理論家は不審者であり、揶揄の対象となる。そして実作側からやってくる揶揄によって理論が尖鋭化してしまうことだってある。 ときには、物議をかもした高橋源一郎の「小説小説家にしかわからない」といった発言もあるものの、「実作側からやってくる揶揄」というのはおもに

  • 坂のある非風景 隣人とは誰か

    もちろんこれまでもゼミで「ファッションについて研究したい」と言ってきた学生は少なくない。 そして、私はこれまでそういう研究目標を上げた学生はほとんどゼミ選考で落としてきた。 それはそう言う彼女たちご自身が「ブランド」に身を包み、ファッションに身をやつしていたからである。 自分が現にそれを欲望している当のものについて、その欲望の由来と構造を研究するためには超絶的な知的アクロバシーが必要である。 「ファッションについて研究したい」という学生をばんばん落としてきたのは、「ファッション」というテーマがつまらないからではなく、そのように困難なテーマを自分が研究できると思っている自己評価の不適切さを咎めたのである。 自己評価の不適切さ、というところに着眼すると、でもそういう人は他人評価にしても不適切であるに違いないと思う。我とは一個の他者である。結局そういう人は、優秀な「内田樹の研究室」を落とされても

  • こうして僕は、はてなムラビトになった - 煩悩是道場

    ネタ, 人賞 【注意】このエントリは『人賞』への応募作です。なんだか流行ってるらしいので乗っかりましたので十分ご注意の上お読みください尚、作品はフィクションであり、登場する人物、団体名は架空のものです(ならわし) 勉強会の帰り、背後から声を掛けられた。「ululunさん、お久しぶりです」声を掛けて来たのはエヌ君だった。「あ。来てたんですか。ご無沙汰です」勉強会で良く会う彼は、書いているブログから感じられる高い知性とエッジのかかった文体からは想像も出来ないくらいに気さくな人物であった。「もう、帰ります?」「ん?何処か行くんすか?」「ええ、すぐ近くで飲み会やってるんですよ」エヌ君は顔を上げる事なく携帯をプチプチやっている。twitterでオフの状況を確認しているのだろうか。「ふーん、どんな連中が集まってるの?」飲み会は嫌いではないが、集まっている人間によっては顔を出さないようにしている。

    ggg123
    ggg123 2007/10/17
    続編。ふと気づくと、ululunさんの頭の上に巨大な一膳の箸が現れて・・・/すみません。(汗 エントリが面白かったのでつい・・
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