誰もが期待していたノーランの新作『TENET テネット』の冒頭を3分観ればそれは明らかだ。本作はノーラン作品の中でも群を抜いて意味不明で、一気に複雑を極めたストーリーが展開され、楽しむどころかついていくことさえ困難だ。 プロットをかいつまんで説明することも不可能なので、いくつか私が目にした場面を挙げてみる。時空を超えたカーチェイス、地球のエントロピーの逆行、世界の終末、贋作絵画を使ったプルトニウム強奪のためのスパイ計画…。 ジャンルのごった煮感には面白さもあった。ある意味、『テネット』はノーランのもっとも実験的な作品であるがゆえに、プロットラインやキャラクター造形、リアリズムなんかを気にしているそぶりも見せていないという感じだ。また、ノーランの好きなテーマ(信仰、時空、イケてる女性たち、死、家族、車を巻き込む爆発(順不同))も全部てんこ盛り。ただ、彼の過去作品に根強く描かれていた感傷的な要
池田宏の写真集『AINU』を手にし、ページをめくると、やはりというか、目を背けたくなる気持ちにさせられた。寄りの写真が多く、しかも人物を真っ正面に捉えたポートレートが中心。あまりにも堂々と純粋に迫ってくる力強い写真の連続。アイヌについて、差別があることは、ぼんやりとは知っていたものの、ほぼ、まともに考えたことも触れたこともない自分を戒めるだけの充分すぎるパワーが写真から伝わってくる。 無知/無関心は、差別を産み出し、解決できないひとつの原因でもあるだろう。 池田宏も、アイヌについて無知のまま進入し、悪気がなくとも、知らず知らず傷つけたり、結果として差別だと感じられたこともあったかもしれない。それでも、怒られ、しがみつき、コミュニティーに受け入れられていく。その痕跡によって得た考え方によって、写真表現も、恐ろしく変化していく。 池田宏がアイヌを求め北海道に通い出した2008年から、今年写真集
「キレイだよ」とニール・ヤングは、ここ最近、彼の頭のなかで流れている新しいメロディについて語った。テキサス州オースティンのダウンタウンにあるホテル〈フォーシーズンズ〉のスイートルームで、ニール・ヤングは、組んだ両脚を手で叩き、リズムを刻んでいる。大きくはだけた黒いシャツの下には〈Third Man Records〉のTシャツだ。「だけどそのメロディにのる歌詞は完全に侮辱だ。全部そう。だから、みんな相当混乱するだろうね」。黒いトリルビーハットの下にある彼の青い瞳は、空調の効いた部屋を眺めていた。彼が歌詞で攻撃するのは、ストリーミング・プラットフォームとアルゴリズムだという。呪詛と音楽だけが2018年に生きる私たちの、怒りとフラストレーションを率直に表現できる言語なのかもしれない。彼はそれを積極的に利用する。「《Profane(冒涜)》というアルバムタイトルになる予定だ。美しいメロディに乗って
『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(Star Wars: Episode IV A New Hope)を1977年の公開当時に鑑賞するのがいかなる体験だったのか、今となっては想像もつかないが、ほとんどの観客が絶賛したそうだ。米国映画業界の最新技術を駆使したスペースオペラ・ファンタジーは、アカデミー賞の10部門以上にノミネートされ、受賞し、過去最高の興行収入を記録した。 ジョージ・ルーカス(George Lucas)監督が〈変わり種〉スペース・オペラで大絶賛されていた時期に、〈鉄のカーテン〉の向こう側では、もうひとつの映画革命が進んでいた。SF映画『シルバー・グローブ/銀球で』(Na srebrnym globie, 1987)は、ポーランド人映像作家、アンジェイ・ズラウスキー(Andrzej Żuławski)の最高傑作になるはずだった。 ズラウスキーの作品、『スター・ウォー
歌舞伎町をつくったのは誰か? その答えは「台湾人」である。断言してしまうと大げさかもしれない。だが、今の歌舞伎町の原型を形造るうえで、彼らが大きな影響力を持っていたのは事実である。その軌跡を示すかのように、歌舞伎町には今なお台湾の痕跡が残っている。今回はそれらを紹介するとともに、歌舞伎町と台湾の黒社会との関係についても考えてみたい。 まず、簡単に経緯を振り返る。現在の歌舞伎町の基礎になったのは、太平洋戦争後の闇市である。元々は内藤新宿として宿場町ベースで発展していたので、マーケットとしてのポテンシャルは高かった。しかし、空襲で焼け野原になってしまったため、戦後まもなく新宿復興計画が始まった。 この復興計画では、現在の新宿バルト9、世界堂のある新宿3丁目から甲州街道沿いの南新宿~西新宿エリアが中心になる予定だったという。それもそのはずで、街道沿いのほうが発展していたし商売人も多く集まっていた
デトロイトで知っておくべきすべての人を、カール・クレイグは知っている。それを目の当たりにしたのは、2016年5月のとてつもなく暑い日の午後。身体にぴったりとフィットしたブラックシャツと、レイバンのアビエーター型サングラスを丸刈りに乗せて現れた47歳のDJ/プロデューサーの好意で、私は貴重な経験をした。彼のキャリアにとって、そしてデトロイトのエレクトロニックミュージック・シーンにとって重要なスポットを、カール・クレイグ本人が案内してくれたのだ。 デトロイトテクノ史の奥深くまで、クレイグの根は張り巡らされている。そのため彼は、車を降りるたびに友人やファンに囲まれ、にこやかに握手を交わすことになる。また、デトロイトテクノの最重要レーベルUnderground Resistanceの共同設立者マイク・バンクス(Mike Banks)とSubmerge* のオフィスで出くわすと、こっそり真剣な話もし
連載第三回目にして、ルール違反。ビジュアル・アーティスト特集のはずですが、ここではアメリカのブラック・メタル・レーベル、NUCLEAR WAR NOW! PRODUCTIONS(以下NWN!)のオーナー、ヨースケ・コニシを紹介します。 まず何故、ビジュアル・アーティスト特集でミュージック・レーベル・オーナーを紹介するのかといいますと、彼がリリースする80年代の南米崩壊系サウンドや、ベスチャル・ブラック・メタルと呼ばれる、ブラックとデス・メタルのあいのこの様な音源を、非常に丁寧に、アートワークを含めた作品としてリリースしているからです。美しいレコード・ジャケットに重量盤のアナログ・リリース。そしてダイハード盤と呼ばれる、おまけがたくさん付いた特殊仕様。そんなNWN!の作品を追いかけていたら、彼の仕事はレーベル・オーナーの枠を超えてキュレーターの粋に達しているのではなかろうか、と感心させられた
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