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評論に関するgodfreyのブックマーク (3)

  • 柴村仁、見下ろす、落語 - 過ぎ去ろうとしない過去

    柴村仁が嫌いである。 いやまあ、人は「会えばいい人」なのかもしれないが、彼女の書いたものはことごとく嫌いなものが多い。 ぼくが読んだ限りにおいて、彼女の小説のスタイルについては次のような印象を持っている。つまり誰かが死んだこと、または何かが失われたことがまず強烈なインパクトとして存在していて、その事実を中心に物語が回っていく*1。『プシュケの涙』がまさに典型的だが、『我が家のお稲荷様』もそうで、あの話の構造は要するに死んだ母親の縁で胡散臭い奴らがわらわらやってきて、死んだ母親の話をして帰っていくというものだろう。死んだ母親が物語の中心にあって、ことあるごとに母親が死んでいるということが思い出さされるのだ。 それで、なぜそういった喪失を中心とした物語(くーきょなちゅうしん、とか言いたければ言えばいい)が嫌いかというと、そうした物語はたいてい「見下ろす視線」というものを構造として保有している

    柴村仁、見下ろす、落語 - 過ぎ去ろうとしない過去
    godfrey
    godfrey 2009/05/08
    最後の文章だけなんか納得。あとはピンとこない。/個人的に「不完全性」という言葉と完全性への信仰のイメージが好きじゃないからだと思う。/見下ろす眼差しは身下ろす眼差しでもあって、人は空と地面の間を漂う。
  • [書評]非モテ!― 男性受難の時代(三浦展): 極東ブログ

    こういうとイヤミみたいだけど三浦展のや対談集や解説はどれを読んでも、はぁ?ネタ?とか思うくらいで特段に面白いということはなかったし、なんというのか年齢は私と一歳違いで同世代感はあるのだけど、自分なんかとは基的に全然違う資質の人かなと思っていたが、そしてただの暇つぶしに買っただったのだけど、「非モテ! ― 男性受難の時代 (文春新書)」(参照)は面白かった。 というか、三浦にとても親近感すらわいた。ぞろぞろとを出す人だし、このも企画というか他のライターを混ぜ、おそらく資料作成は別の人に依頼して編集的に作ったのではないかと想像するけど、意外と三浦展という今の人を逆に描いている感じがした。そこも面白かったというべきなんだろう。 話は、標題通り「非モテ!」論である。ああ、そんなのはてなダイアリーでこってり見ているよと思ったのだけど、なんというのか、もうちょっとオサーン的な切り口はあって

    godfrey
    godfrey 2009/02/26
    はてなダイアリーは確かに濃い。内容というより個々人の間合いのとり方が実は本体になっているような雰囲気がw コンプレックスは年取ってゆるく感性が退化して楽になる側面もあるからなぁ。自分もまだ若い方だがw
  • 「ミスミソウ」に見る、閉じた社会と壊れていく心 - たまごまごごはん

    田舎はいいね」って誰が言い出したんだろう。 そうなんだ、田舎はすごくいい。空気もきれいだし、景色も美しいし、人も当にあったかい。 都会にはない何かが残っている。 当に? 何が残っているの?何が残っているの? 狭くてがんじがらめの視野が残っているんじゃないの? ●田舎屈● 田舎では、発散しきれないストレスがどんどんたまっていく。 そんな「屈」という文字が見事に再現されたのが、押切蓮介先生の「ミスミソウ」です。 田舎の学校でクラスメイトのイジメにあう、少女春花の物語…と書くと「いじめカッコワルイ」的な感じを受けてしまいますが、もうそんなレベルでの話しじゃないです。 ここに叩きつけられているのは善悪すらも混沌とした、狭い狭い視野の中での圧迫感です。 そもそもクラスの人数が少ない地域だと、それだけ家族のような関係が築かれるという利点もありますが、同時に他者が入り込めないような集団を作り

    「ミスミソウ」に見る、閉じた社会と壊れていく心 - たまごまごごはん
    godfrey
    godfrey 2008/03/09
    これは…。自分のトラウマにストライクすぎて、自分はたぶん読めない。閉鎖した田舎の空気に馴染めなかった田舎者は故郷に帰りづらくなる。未だに自分はそれを引きずってるなぁ…。
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