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歴史と自然に関するgoldheadのブックマーク (5)

  • 人類史上最悪の年は西暦536年説。巨大な霧が太陽から光を奪い世界が闇落ち(米歴史学者)|カラパイア

    現在人類は、新型コロナウイルスという変幻自在な敵と戦っている最中だが、人類史上最悪の年は何年だろう? 中世を専門とするアメリカ・ハーバード大学の歴史家マイケル・マコーミック氏にたずねたところ彼は、西暦536年、と答えた。 それは、ペストがヨーロッパの人口を半減させた1349年でもなく、スペイン風邪の流行で5000万から1億人の犠牲者が出た1918年でもない。 日では古墳時代にあたるこの年に、世界では何が起きていたというのだろう? 536年、謎の霧が太陽から光を奪う その年、ヨーロッパ、中東、アジアの一部で謎の霧が垂れ込め、18ヶ月に渡って昼夜を問わずに暗闇にしてしまった。 「1年中、まるで月のように太陽の光から輝きが失われた」と東ローマ帝国の歴史家プロコピウスは記している。 536年の夏の気温は1.5~2.5度下がり、過去2300年間で最も寒い10年が始まった。 中国では夏に雪が降り、作

    人類史上最悪の年は西暦536年説。巨大な霧が太陽から光を奪い世界が闇落ち(米歴史学者)|カラパイア
  • トバ・カタストロフ理論 - Wikipedia

    上空から見たトバ火山噴火時の想像図 トバ・カタストロフ理論(トバ・カタストロフりろん、Toba catastrophe theory)は、約7万年から7万5千年前に、インドネシアのスマトラ島にあるトバ火山が大噴火を起こして気候の寒冷化を引き起こし、その後の人類の進化に大きな影響を与えたという学説である。地質学・古人類学の分野では、火山の噴火とその後の気候変動を指してトバ事変 (Toba event) と呼ぶ[1][2]。人類の進化におけるボトルネック効果の例を示す学説として言及されることが多い。この学説は1998年にイリノイ大学教授のスタンリー=H.アンブロース(Stanley H. Ambrose)によって唱えられた。 トバ火山の位置。 ランドサットの画像。湖中央の島はトバ・カルデラの中央火口丘である。 今から7万-7万5000年前、トバ火山が火山爆発指数最大のカテゴリー8の大規模な超巨

    トバ・カタストロフ理論 - Wikipedia
    goldhead
    goldhead 2018/11/28
    "遺伝子の解析によれば、現世人類は極めて少ない人口(1000組-1万組ほどの夫婦)から進化したことが想定されている。遺伝子変化の平均速度から推定された人口の極小時期はトバ事変の時期と一致する"
  • 「宿命の治水」は江戸時代から始まった 水害はまた起きる、長期戦覚悟で安全な土地への撤退戦を | JBpress (ジェイビープレス)

    大雨による被害を受けた岡山県真備町の様子(2018年7月10日撮影、資料写真)。(c)AFP PHOTO / Martin BUREAU 〔AFPBB News〕 西日を襲った「平成30年7月豪雨」は土砂崩れや河川氾濫などを引き起こし、200人以上の死者、3万戸以上の家屋の浸水といった甚大な被害をもたらした。政府や自治体は豪雨対策の強化を進めているが、同様の災害はまた起こり得る。日の治水は根的な問題点を抱えているからだ。元国土交通省河川局長の竹村公太郎氏(日水フォーラム代表理事)が、歴史的観点から日の都市の危険性と未来に向けての解決策を解説する。 日の平野の原風景 日は極めて特異な文明を創ってしまった。日列島の中央を走る脊梁山脈から流れ出る河川の沖積平野に都市を造ってしまった。 沖積平野とはかつて海や湖だったところに、河川が運ぶ土砂が堆積した平地である。そこは肥沃であったが

    「宿命の治水」は江戸時代から始まった 水害はまた起きる、長期戦覚悟で安全な土地への撤退戦を | JBpress (ジェイビープレス)
    goldhead
    goldhead 2018/07/26
    河川流域分割図とか興味深いな。/"流域に封じられた大名たちと日本人は、外に向かって膨張するエネルギーを、内なる流域に向けていった"
  • 化学元素発見の年表 - Wikipedia

    年表:18世紀 1737年 - コバルトはイェオリ・ブラント(スウェーデン)により発見。 コバルトの語源はドイツ語のKobold(コボルトという精霊)に由来。 1741年 - 白金はチャールズ・ウッド(英語版)、イギリス)が鉱石をイギリスのW・ブラウンリッヒに送った。その性質が調べられ1750年、王立学会で発表された。 1748年に出版された『南米諸王国紀行』でアントニオ・デ・ウジョーア(スペイン)はコロンビアのピント川の近くで発見されたプラチナ鉱石の存在をヨーロッパに紹介した。 プラチナの語源はスペイン語plata(銀)に縮小辞-inaを接尾したplatina(小さい銀)に由来。 1751年 - ニッケルは、アクセル・フレドリク・クルーンステット(スウェーデン)が鉱物紅砒ニッケル鉱(niccolite)より単離。 1753年 - ビスマスはクロード・F・ジョフロア(フランス)により発見。

    goldhead
    goldhead 2009/04/23
    最近のはウンウン言ってるのね。
  • http://www.technobahn.com/news/2008/200803261901.html

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