広島は6日、被爆72年となる「原爆の日」を迎えた。広島市中区の平和記念公園で平和記念式典が開かれ、広島市の松井一実(かずみ)市長が「平和宣言」を読み上げた。7月に採択された核兵器禁止条約の締結促進を目指し、日本政府に「核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と求めた。一方、安倍晋三首相は条約には言及しなかった。 安倍首相はあいさつで「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた歩みを着実に前に進める」と語るにとどまった。式典後の会見では「核兵器国と非核兵器国の立場の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける」結果になるとして、条約への署名・批准はしないと明言した。 式典には被爆者や遺族ら約5万人が参列。慰霊碑への献花に続き、原爆投下時刻の「午前8時15分」に、「平和の鐘」が鳴らされ、参列者が黙禱(もくとう)を捧げた。 北朝鮮の核の脅威が増す中
(岩波科学ライブラリー・1728円) 行きつ戻りつの研究発展 「蝸牛」と書くように、らせん形の殻を背負ったかわいらしい姿がおなじみ。夏の季語で、アジサイとの取り合わせがよい。江戸俳諧では「ででむし」。学術上は「マイマイ」の名がつく、陸生の貝である。その地味なカタツムリが、なぜ進化論の本一冊の主役になるのだろうか。 著者は、世界中にカタツムリを追いかける進化生態学者だ。この楽しい本で情熱をこめて語るのは、進化という現象が実際どのようにして起きているのかを見極めようと続けられてきた、研究の物語である。文章は闊達(かったつ)だが、周到に構成された進化論研究史になっている。扱う時代は、ダーウィンから現在、つまり著者の研究を含む約一世紀半。進化にいどむ研究者たちが続々と登場する。その一人一人について語られる研究と人…
(青土社・1944円) 原理的な道徳の課題として 二〇一五年九月、トルコのある海岸に流れ着いた幼児の遺体の写真が、世界を駆け巡った。避難先のトルコからさらにギリシャに密航しようとしたクルド系シリア人一家の乗った船が転覆し、犠牲となったのだった。ここで取り上げる本の著者、バウマンによればこういった映像は人々に「祝祭的な連帯や共感」を呼び起こすのだが、その期間はごく短い。実際、西欧ではその後、イスラム教過激派によるものと思われるテロ事件があい次いで起こり、押し寄せる膨大なシリア難民を背景に、移民排斥を掲げる右翼勢力がより広範な大衆から支持を受けるようになった。 移民という現象は、最近に始まったことではなく、人類は太古の時代から移動を繰り返してきたとも言えるが、いまや世界を揺るがす焦眉(しょうび)の問題となっている。イギリスのEU脱退の背景にも、トランプ米大統領の誕生の背景にも、移民問題がある。
(青土社・3024円) 狂気すれすれのところにいた歌人 啄木観を一新する本。これまで誰もまともに啄木を読んでこなかったのではないかとさえ思わせる。著者も例外ではなかった。「石川啄木ほど誤解されている文学者は稀(まれ)だろうと私は考えている。私自身、必要に迫られて啄木を読み直す機会をもつまで、彼を誤解していたと思われる」というのだ。 啄木といえば青春を感傷的に歌った歌人と思われているが、違う。「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」で有名な『一握の砂』にしても、青春の感傷に訴えるものではない。広告に啄木自身「青年男女の間に限られたる明治新短歌の領域を拡張して、広く読者を中年の人々に求む」と書いているのである。「東海の」の歌にしても、啄木の人生に置いてみると「人生の辛酸を体験してきた成人の読者の鑑賞にたえる作品…
(河出文庫・950円) 現実への周到な視角と心の深部への光 中東の現実を知るために、人間について考えを深めるために到底忘れることはできない。心を強く揺さぶる雄編だ。 アラブ現代文学の旗手ガッサーン・カナファーニー(一九三六-一九七二)はイギリス委任統治下パレスチナの生まれ。一九四八年、一二歳のときデイルヤーシン村虐殺事件が起き、シリアへ逃れる(パレスチナ難民のはじまりとされる)。その後、政治活動に入る。パレスチナ問題の核心にふれる作品と発言は大きな反響を呼んだが、車に仕掛けられた爆弾で、暗殺された。三六歳だった。『現代アラブ小説全集7 太陽の男たち/ハイファに戻って』(河出書房新社・一九七八)が出たとき、ぼくは作品を知った。そのあと『太陽の男たち/ハイファに戻って』(新装版・一九八八)、表題をいれかえて『ハイファに戻って 太陽の男たち』(新装新版・二〇〇九)とつづき、今回、初の文庫となった
20世紀文学史上最大の問題作。原著刊行から半世紀をへてようやくその全貌を日本語で読めるようになった。その魅力と奥深さとは──。 モーリス・ブランショの『終わりなき対話』が刊行されたのは一九六九年。ほぼ半世紀の時を経て、この伝説の書の邦訳がいま私たちの元に届けられるのを目の当たりにして、深い感慨に耽るのは私だけではないはずだ。『文学空間』や『来るべき書物』がいち早く刊行されていたにもかかわらず、翻訳大国である日本で、この主著がこれまで訳されなかったことは驚きだが、この遅配には幾つかの理由がある。 単線的に進むことのないテクスト群の内容はきわめて明晰でありながら、いざ翻訳を試みれば、その内容の豊穣さに比例するように、多くの困難に遭遇するのは必至だ。文学的センスはもとより、ギリシャから現代哲学までの該博な知識なしには歯が立たないからだ。フランスで研鑽を積み、文学と哲学の両分野に通暁した新しい世代
二つの同時代史 (岩波現代文庫) 作者: 大岡昇平,埴谷雄高出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2009/12/16メディア: 文庫 クリック: 17回この商品を含むブログ (10件) を見る だいぶ前に読み終わってたのだが、以下に書くことが気になって、なかなか感想を書けなかった。 これは有名な話らしいのだが、埴谷雄高は思想的な理由(10代のころからアナキズムに傾倒した理由でもある「能動的ニヒリズム」という言葉で説明している)から、結婚しても子どもを持とうとしなかった。妻は何度も妊娠するのだが、その度に無理強いしておろさせる。その結果、とうとう妻は子宮の病気になり、子宮を切除してしまったのだという。 僕は、中学か高校の頃に埴谷の文章にはまったことがあり、代表作の『死霊』は分からないのでほとんど読んでないが(当時は、この対談に出てくる「夢魔の世界」の章はまだ書かれてなかったので、余計に分か
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