パスカルの『パンセ (中公文庫)』は断章の集まりです。その断章をふたつに類別すると、人間観察から人間の悲惨さ*1を導出する断章とキリスト教に人間の偉大さ*2を見出す断章に大別できます。 そしてその中間に置かれるはずだったと考えられるのが有名な「考える葦」に関する断章です。 L' homme n'est gu'un rosean, le plus faible de la nature, mais c'est un roseau pensant. 人間はひと茎の葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。(347)*3 大橋良介は著作「『考える葦』の場合」のなかで、なぜ「考える葦」は葦でならなければならなかったのかと疑問を呈した上で、次のような考察を述べています。 ときどきいわれるのは、彼が新約聖書の次の言葉を念頭においたという解釈である。すなわち、イエスが群集に