戦前の東京大学工学部船舶工学科は、航空学科と並んで人気トップの学科だった。船舶工学科の学生は3年生になると成績上位の5人ほどが当時の海軍に選抜されて海軍委託学生になる。様々な軍艦を設計し、軍事面の国際競争力を高めたのは彼らだった。 大正時代には、欧州の設計の模倣しかできなかったのに、昭和10年代には様々な艦種で独自設計の成果から高性能の軍艦が誕生し、供用されていった。 軍艦も工業製品である。優れた工業製品の裏には、優れた科学技術があるのが普通である。だから、戦艦大和を典型例とする優れた艦艇を送り出した裏には、優れた科学技術が1930年代の日本にあっただろうと想像するのが自然である。 しかし、事実は全く違うと言っていいだろう。 日本に優れた科学技術があったわけではない 私は29歳の時、東大に転職し、船の設計を中心的なテーマとする船舶工学第一講座で仕事を始めた。その頃、研究室が過去に取り組んで