2014年04月14日11:28 カテゴリ科学/文化 自由の国と必要の国 株価は下がり続け、アベノミクスの挫折が明らかになって、市場には悲観的なムードが漂ってきた。このままでは可処分所得は2050年に半減するので、日本が貧困化することは避けられない。「脱成長」をめざすのは愚かだが、成長なしで生きる知恵が必要だ。 その一つは、労働を苦役と考え、それによって得た生産物の価値を幸福の尺度とする手段的合理主義を捨てることだろう。歴史上のほとんどの時期において労働は遊びと分離されておらず、それ自体が生きる目的だった。中世ヨーロッパの農業社会では、1日は時計の時間ではなく、鳥の鳴き声や太陽の光で始まる。仕事には決まった就業規則があるわけではなく、それぞれの共同体時間で始め、休憩して終わった(池上俊一『遊びの中世史』)。 しかし城壁で自然から隔てられた都市で多くの人々が生活するようになると、教会と世俗的