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ブックマーク / d.hatena.ne.jp/number555 (1)

  • 大衆と美術品について 〜卒業文集 - 555.....

    「目垢がつく」という表現がある。美術品が衆人の目に曝されるのを「目垢」がつく、といって嫌うものだ。この考え方は日独特らしく、バブル期にゴッホの絵を史上最高額で落札した日人がその絵を一度も美術館に展示しなかったうえに、「自分が死んだら棺桶に入れて燃やしてくれ」と公言して世界の顰蹙を買うということもあった。しかしよく考えてみると「燃やしてくれ」というのは問題外としても、自分の大切なモノを人に見せたくないというのは極めて人間的で自然な考え方に思われる。「この美しさ、そして感動をできるだけ多くの人と共有したい」などという方が、よっぽど不自然で偽善的ではないか。なぜ日では「目垢」という概念が残り、西洋では無くなってしまったのであろうか。 まず考えられるのは、日富裕層の美術は建築の付属物的意味合いが強いことである。日の絵画の多くは屏風絵であるし、茶碗や掛軸も茶室という建築が無ければ意味を成

    j0hn
    j0hn 2008/08/06
    「以上の理由で日本では美術品を社会の共有財産として考える風潮がなく、美術品の所有者は大衆にこれを公開することを嫌ったのである」
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