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ブックマーク / 9bit.99ing.net (16)

  • 様式とは何か - 9bit

    必要があって様式(style)という概念について多少勉強したのでメモ代わりにまとめておきます。「様式」(文学だと「文体」)という言葉を問題にしたいわけではなく、芸術学まわりで頻出するあの概念の中身を問題にします*。具体的には、「ロマネスク様式」や「定朝様」や「8bitスタイル」などと言われる場合のそれです。 学部生時分の自分が読んだらためになったであろう内容を意図して書いてます。注は詳しく知りたい人向け。 文献 目を通した文献は以下*。 Elkins, J. 2003. “Style.” Grove Art Online. https://doi.org/10.1093/gao/9781884446054.article.T082129. Gombrich, E. H. (1968) 2009. “Style.” In The Art of Art History, 2nd ed., ed

    様式とは何か - 9bit
  • フランク・シブリー美学論文集のまとめ - 9bit

    フランク・シブリー(Frank Sibley, 1923–1996)という美学者がいる。美学を専門にする人であれば誰もが名前を知っている(かどうかはあやしいが、少なくとも全員知っているべき)偉大な美学者である。20世紀の英米の美学者の中では、ダントーやグッドマンがなぜか日ではよく知られているっぽいが、少なくとも美学の領域での貢献度でいえば、シブリーのほうが圧倒的に上だと思う*。以下も参照。 シブリーが挙げる美的用語の一覧 - 9bit シブリーの何がえらいかというと、美学の中心テーマである「美的なもの」(美的判断、美的概念、美的性質など)*が持つ独特の特徴を明確に示し、分析美学における美的なものについての議論のスタンダードを確立したところだ。異論も含めて、美的なものについての現代美学の議論はすべてシブリーの仕事をスタート地点にしていると言っても過言ではない。 従来、美学専攻の学生が自分の

    フランク・シブリー美学論文集のまとめ - 9bit
  • 『ビデオゲームの美学』の細かい目次 - 9bit

    おかげさまで拙著『ビデオゲームの美学』(慶應義塾大学出版会)が10月20日に刊行されます。 目次が長すぎるおかげで、目次の詳細情報がウェブに出ていないので、(公式ページにも出ました)目次をこちらに載せておきます。の内容紹介はおいおいします。 (追記)内容紹介を書きました:『ビデオゲームの美学』はこんな - 9bit 序章 1 ならではの特徴 2 問いをはっきりさせる 3 方法をはっきりさせる 4 意義をはっきりさせる 第Ⅰ部 芸術としてのビデオゲーム 第一章 ビデオゲームとは何か 1 定義とは何か 2 ビデオゲームとビデオゲーム作品 3 ゲームとして定義する 4 選言的に定義する 5 選言的定義を改訂する 6 ビデオゲームの媒体 7 「ビデオゲーム」の類義語 第二章 ビデオゲームの意味作用 1 意味作用と行為 2 受容とは何か 3 作品と適切なカテゴリー 4 ビデオゲームと芸術の存在論

    『ビデオゲームの美学』の細かい目次 - 9bit
  • 『ゲーム化する世界』について (1/3) - 9bit

    読んだ。 2011年におこなわれた日記号学会第31回大会の内容をもとにしたです。ゲームの特集号で、いろいろな論文や対談が収録されています(目次)。僕も大会では恥ずかしいかんじの発表をしたんですが、諸事情というか怠慢というかで論文は書いてません…。 日発のアカデミックな人文系のビデオゲームはいまのところ皆無といってよいので、これは非常に貴重な成果だと思います。こういうや論文がぽつぽつ出てくるようになるといいです。 こういうが出ることにかんしては手放しでめでたいんですが、内容についてはいろいろ言いたいことがあるので書いておきます。 お前論文でやれよという話ではあるんですけど、軽いノリでコメントしたいのでブログに書きます。ちゃんとした議論は、そのうちちゃんとしたかたちで出せたら出します。 3回くらいに分けます。今回コメントするのは以下の論文。 吉田寛「ビデオゲームの記号論的分析―〈ス

    『ゲーム化する世界』について (1/3) - 9bit
  • 俳優、着ぐるみ、VTuber - 9bit

    以下の論考について。読んだ人向けなので要約は省略します。 ナンバユウキ「バーチャルユーチューバの三つの身体:パーソン・ペルソナ・キャラクタ」Lichtung Criticism, May 19, 2018. Twitterでナンバさんとも少しやりとりしたが、この論考からはVTuberと他の文化形式の関係がいまひとつわからなかったので、ちょっと考えていた。具体的には、この論考で言われている「三層」がどこまで他の文化形式に言えるのか/言えないのかがいまいちはっきりしない。 以下、俳優、コスプレイヤー、着ぐるみ、アバターVTuberがそれぞれどういう「層」を形作っているのかを試しに整理する。その過程で、何かを「演じる」という言い方に複数の意味があるかもしれないことを示す。 なお基的に具体例は出さないので適当に補完してください。 前提 ナンバ(2018)および松永(2016)にしたがって以下の

    俳優、着ぐるみ、VTuber - 9bit
  • 描写内容の理論 - 9bit

    画像の内容についての諸理論を整理します。もともと美学会の発表に組み込む予定だったのですが、筋にあんまり関わらないということで、発表内容からは除外しました。かわりにブログに載せておきます*。この手の話に興味がある人には、きっとそれなりに有益なはず。 1. 用語 画像(picture):絵や写真。 描写(depiction):画像がそれ特有の仕方で何かを表象すること(pictorial representation)*。 描写内容(depicted content):画像が描写するもの(what a picture depicts)。画像は描写内容以外にもさまざまな内容を持ちうる(たとえば、図像学的内容、寓意的内容、表出的内容)。描写内容以外の内容はここでは扱わない。 2. 描写内容の先行諸理論 以下、先行理論のそれぞれについて、①どんな理論概念を提示したか、②その概念をどんな事例に適用して

    描写内容の理論 - 9bit
  • Svendsen「ファッション批評について」 - 9bit

    ファッションの哲学の論文集Philosophical Perspectives on Fashionが届いた。目次と書評は以下。 Philosophical Perspectives on Fashion: Giovanni Matteucci: Bloomsbury Academic Philosophical Perspectives on Fashion — The Fashion Studies Journal とりあえず収録論文のLars Svendsen, "On Fashion Criticism"を読んだ。ファッション批評とは何か、それはなぜあるべきか、どうあるべきか、といった内容。Noël CarrollのOn Criticism(近々邦訳がでるといううわさ)を参照しているせいもあると思うが、ザ・美学というかんじの批評観で、ごくまっとうなことが書いてあった。 まとめます(

    Svendsen「ファッション批評について」 - 9bit
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2017/08/23
    "ちゃんとした(proper)批評は、以下の5つの主要な構成要素を持っている" これは規範的な理論なのだろうか人々の実践の記述なのだろうか
  • グッドマン『芸術の言語』裏あとがき - 9bit

    ネルソン・グッドマン『芸術の言語』の邦訳がおかげさまでようやく出版されます。『ハーフリアル』に引き続き名著の翻訳にたずさわることができて、非常にありがたいやら勉強になるやらです。感謝。 体に入れるスペースがなかったので、ここにあとがき的なものを書いておきます。内容の解説ではありません。章ごとの内容は、書付録の「概要」を読んでいただければおおまかにわかると思います。 内容や訳についてのご質問やご指摘はTwitterかask.fmにお願いします。誤字・誤表記・誤訳などは以下に追加していきます。 『芸術の言語』1版1刷正誤表 『芸術の言語』1版2刷正誤表 『芸術の言語』1版3刷正誤表 簡単な紹介から。『芸術の言語』は、初版が1968年、2版が1976年に出たで、まちがいなく20世紀美学の古典のひとつ。プロパーな美学者だけでなく、文学や音楽学や美術史といった関連領域の研究者のあいだでも重要な

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  • シノハラユウキ「フィクションは重なり合う」について - 9bit

    シノハラユウキ『フィクションは重なり合う: 分析美学からアニメ評論へ』(logical cypher books, 2016)(目次と概要)をご恵投いただきました。電子版を買う気まんまんでいたところだったので、たいへんありがたいです。以下、所収の以下の論文についてレビュー。 シノハラユウキ「フィクションは重なり合う: 分離された虚構世界とは何か」『フィクションは重なり合う: 分析美学からアニメ評論へ』所収, 5–113. logical cypher books. 2016. 分析美学的な議論の良さと面白さがはっきり出ている論文だった。個人的に非常に面白く読めたが、それ以上に人に薦めたい論文だった。いいところは少なくとも4つ挙げられる。 描写の哲学とフィクションの哲学の入門として 先行議論のレビューとして 分析美学的な枠組みを使った批評として オリジナルの枠組みとして 1. 描写の哲学とフ

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  • モンロー・ビアズリー「視覚芸術における再現」 - 9bit

    『分析美学基論文集』所収のビアズリー「視覚芸術における再現」のまとめです。 明晰で整理された内容のわりに、文章は読みづらかったというか、長くてしんどかったので、まとめる意義もそれなりにあろうかと思います。 モンロー・ビアズリー「視覚芸術における再現」相澤照明訳、西村清和編・監訳『分析美学基論文集』所収、173–243、2015(Monroe C. Beardsley, "Representation in the Visual Arts," in Aesthetics: Problems in the Philosophy of Criticism, 267–317, New York: Harcourt, Brace & World, 1958.) 絵についてなにか言うときの諸概念や焦点が整理・分類されている章です。たとえば美術史の人が絵の構造を記述・分析するときの基的な概念的枠組

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  • ゲーム研究における美学の役割 - 9bit

    というか私の役割について。 先日モリス・ワイツの古典的論文を訳してアップしたんですが、その結論部分でいかにも美学ってかんじの上から目線の文章があって、あらためて美学と自分のお仕事について反省しているところです。 M. Weitz「美学における理論の役割」|まつなが|note われわれ哲学者としては、芸術の定義とその背後にあるものの区別をいったん理解したなら、伝統的な芸術理論に寛大な態度で接するのが適切だろう。〔…〕理論の役割を理解することは、それを定義――論理的に言って失敗が運命づけられているもの――として理解することではない。 ここで「芸術理論」と呼ばれてるのは、「芸術とはxxなんである」という「定義」を主張する俺理論みたいなやつで、哲学的に洗練されてないような理論のこと。ようするに、ワイツは、「そういう俺理論が言ってることは定義としてはおかしいんだけど、それはそれでそれなりの役割と意義

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  • ポピュラー文化のアーカイブと芸術の哲学 - 9bit

    いろいろなアーカイブ関係の話を聞いたり読んだりした結果の雑感とポジショントークです。以下「アーカイブ」は、作品を含めた当の文化に関連する資料一般とその保存を指します*。 この記事の主張は以下のとおり。 ポピュラー文化アーカイブプロジェクトは、実務以前の段階で必ず概念的な整理の仕事を含む。 芸術の哲学は、その概念的な仕事に役立つ枠組みを提供する。 仕事くれ。 ポピュラー文化にかぎったことではないが、アーカイブの方針や方法がそれほど明確に確立してない領域のアーカイブをしようとなったときに、ある種の概念的作業がまず第一に必要になる。 ポピュラー文化アーカイブの理念的な目的は、ふつう「当の文化(マンガであれアニメであれビデオゲームであれ)とその所産を利用可能なかたちで残す」というものだろう(ここで「利用」というのは研究目的・教育目的・一般公開目的の利用のこと)。 アーカイブの実務上の問題は、

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  • ダントーの「アートワールド」は後半が面白い - 9bit

    昨日の勉強会で話題にのぼったのでまとめておきます。 ダントーの有名なアートワールド論文は、前半部分、つまり、芸術の定義にかかわる「アートワールド」概念や、芸術作品の同一性や解釈にかかわる不可識別性の議論ばかり取り上げられる印象があるけど、実は後半部分のほうがおもろいんやで、という話。 Arthur C. Danto, "The Artworld," The Journal of Philosophy 61 (1964): 571-584. 扱うのは4節です。3節までで芸術作品を可能にしているのは理論なのだーという主張をくどくどしたあとに、ダントーはそのような理論が実際に作品やその経験にどのようなしかたで関係するのかについてわりと唐突に議論しはじめます。 ダントーはまず「種類Kに関連ある述語」(K-relevant predicates)という概念を導入する。これは「Kに属する諸対象に、意味

    ダントーの「アートワールド」は後半が面白い - 9bit
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2014/09/27
    ジャズ史に応用して考えてみたい
  • 映像のリアリズムについて - 9bit

    最近ちょっと読んだジョン・カルヴィッキの『Images』(2014)の紹介も含めて、映像のリアリズム(写実性)についての話をいくつか。 佐々木友輔さんによる以下の記事を面白く読んだ。 フェイクドキュメンタリーとして『ホビット』を観る 「竜に奪われた王国」予習編-映画監督佐々木友輔特別寄稿第3弾:Book News|ブックニュース とりわけ、以下の主張はまったくその通りだと思う。 すなわち、映画における物語世界への深い没入は、あるメディア経験が慣習化・透明化することによってこそ可能になるのであり、技術の発展によって登場する新たなメディアがもたらす映像の質感は、物語世界への没入よりもむしろ、そのメディア自体の特殊性や偏向性への関心を強く引き起こすのだ、と。「まるでテレビ映像のよう」だという言葉が象徴するように、『ホビット』をめぐる言説が--自覚的なひとであれ無自覚的なひとであれ--メディア論的

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  • 作者の意図と作品の解釈 - 9bit

    作者の意図と作品の解釈の関係にかんする以下の論文がサーベイとして優秀だったので内容をまとめておきます。 Irvin, Sherri (2006). "Authors, Intentions, and Literary Meaning." Philosophy Compass 1(2): 114-128. [pdf] 分析美学では、文学作品の解釈とはどういうものか(あるいはどうあるべきか)の議論は、ニュークリティシズムの代表者であるWimsatt & Beardsley(1946)による意図主義批判とそれに対する意図主義者Hirsch(1967)からの反論から始まったこともあって、作者の意図と作品の解釈の関係をどう考えるかという論点を中心に展開してきた。 この論文では、この論点に対する諸説が以下のようにまとめられている。 極端な実際的意図主義(Extreme Actual Intention

    作者の意図と作品の解釈 - 9bit
  • ゲーム研究と「ナラティブ」 - 9bit

    「ナラティブ」(narrative)という用語がゲーム研究や周辺領域において使われる場合の留意事項いろいろ。たぶん偏っています。 以下、カタカナにする意味もあんまりないので「物語」で通します。 「物語」のいろいろな意味 イェスパー・ユールは、著書 Half-Real のなかで、「物語」という用語が「かなり細かく特定しないかぎりは実践的に無意味」になるくらい多様な用法を持っていることを指摘したうえで、そのうちの主要な用法を6つ挙げている(Juul 2005: 156-157)。 複数の出来事の提示(presentation)としての物語。これは、この言葉の原義かつ文字通りの意味、つまりストーリーを語ること(storytelling)である(Bordwell 1985; Chatman 1978)。 固定され(fixed)あらかじめ定められた(pre-determined)出来事連鎖としての物

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