「わたしは両親から愛情も注がれずに育ち―」 「子供の頃はいじめられっこで、こんなに酷いこともされ―」 「信じていた彼/彼女からも、これこれこういう最悪な形で裏切られ―」 「わたしは鬱なので働きたくても働けず、それを周りから責められている―」 ・・・なんていうストーリーの身の上話を最近よく聞くのだけど。 そういう人に「どうしたいと思ってるの?」と聞いても明確な回答は返ってこない。稀に「○○で働けたらいいんだけど・・・」といった希望があっても「なら、そこで働いてみようよ」と言うと「△△がどうしても無理で」などと、自分なりにできない理由のある解決策しか模索していない。 「じゃあこうするのはどう?」と提案しても「それはちょっと・・・□□もあるし」と、どうすればそれが実現できるかを考えずに、それができない理由ばかりを探して返してくる。 個人的に、そういう人たちに共通しているなと思うのは、現状を変えた
「おつかれさまです」 職場に電話で連絡をいれるたび、相手の第一声になかなか慣れることができなかったものだ。ずいぶん昔、社会人になりたてのころのことだけれども。 外回りに出ては図書館で時間をつぶすことが多く、そんなうしろめたい気分があったから、余計に。内勤になってからも、自然に「おつかれさまです」が出るまでに、これまたずいぶん時間がかかり、それができるようになったころには辞表を出していた。 だから午後の電車で、大音量の着信音が鳴り響き、日焼けしたサングラスの若者がケータイを手にするや「おつかれさまです」と応えるのをまぶしげに眺めていた。 若者は、組んでいた足を下ろし、声を小さくしていた。なんとなく聞き耳を立てていたのだが、相手は「センパイ」で、いまイベントの仕込みをしていて、近くにいるならメシをおごってやるとのお誘いの電話らしい。若者は「いいっすねぇ」と答えていたものの、どこそこへ行くところ
デザイン・マーケティング GRAM思考法マーケティングコンサルタントの「GRAM」代表 永井正継が見る知的好奇心ブログ。 デザインを軸に日常で起こる様々な現象から、「マーケティング発想を身に付ける方法」を お伝えします。 企業戦略にも、個人のパーソナルブランディングにも! 週末からバンコクへきています。 昨日は、世界で一番大きな「チャトゥチャック」という10,000店の フリーマーケットを見てきました。 カテゴリー分類も弱く、飲食やファッションアートに至る場で まさに混沌という世界です。 ヨーロッパに仕事で通い始めたころの パリのクリニャンクールやロンドンのカンデンマーケットに 入り浸りになっていた時代を思い出しました。 なぜか、今の百貨店が人気がない理由を、遅れてきた市場に 教えられたような気がしました。 買いやすい売り場、整理されたカテゴリー、商品を見る前にある程度 想像ができている、
いがらしみきおさんの「ぼのぼの」という漫画に、こんな話があります。最初のコマが、困っているぼのぼの君、その次のコマがおこっているぼのぼの君。ほとんど違わないんですね。よくよく見ると、肩がちょっとすぼんでいるのですが、みんなにはわからない、そんな話。「ぼのぼの」2巻に入っています。 この話の扉には、ポエムのような言葉が添えられています。 ボクはおこるのがヘタだ ボクはおこるのがヘタだ おこるっていうのは みんなに『自分のモノ』を 教えたがることだって スナドリネコさんが 言ってたけど ボクは『自分のモノ』って なんなのかわからないから ボクはおこるのがヘタなんだと思う ヘタなんだと思うったら 私は、ぼのぼの君ほどピュアでもないし、歳をとることで汚れちゃったなあ、みたいな部分もたくさん持っている大人ですけど、それでも、なんとなくぼのぼの君の気持ちはわかります。おこり方がよくわからないし、おこり
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く