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  • 6年ぶりに絵を描き始めた2024年上半期 - chinorandom

    もう絵を描く機会などあるまい。 全くそういう気持ちになれないし、根的に自分の生み出したものが好きになれない、とぼんやり思い、その話題から目を逸らし続けてかれこれ6年が経っていた。 決して短い期間ではないと思う。これだけ離れていたのだから、私が再びまっさらな支持体(紙やキャンバスをこう呼ぶ)に向き合う瞬間など訪れない、という予感が真実だと「錯覚」する程度には長い。ある子供が小学校に入学してから、卒業して学舎を去るまでに等しい年数……。 けれど今、私はああでもないこうでもないと言いながら鉛筆や筆を持ち、思い描いた像が画面上に実現しないと四苦八苦している。実のところ半年ほど前から。早朝や、会社から帰った後の余暇や、深夜や、休日の昼間などに。 つまりはまた、絵を描き始めたということだ。 長らく使っていなかった筋肉をもう一度動かすように、かつて学んだが錆びついた言語を思い出しながらたどたどしく用い

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    k10no3 2024/06/23
  • 平成橋を渡ったら「アンティック喫茶 ともしび」がある|高知県・高知市 - chinorandom

    JR高知駅に着いて、事前にメモしてあった店名のひとつを目指した。そこまでだいたい徒歩10分程度の距離らしい。 いわゆる純喫茶はこの駅の南側だと、はりまや橋停留所やその東西に多く集まっているようで、あまり足を動かしたくない人の場合はとさでんの路面電車を利用するのが便利なようだった。 私はとりあえず歩いてみる。南東の方に進むと江ノ口川が走り、平成橋を渡り切ったら右手の方角に「アンティック喫茶 ともしび」がある。 大きめの看板がビルの壁面に掲げてあるのでわかりやすい。 ドアを開くとカラカラ高い金属音が鳴る。入口のところから見える以上に店内は広くて、カウンターの他にソファが向かい合う席が複数あり、少し迷っていちばん奥の方に腰掛けた。落ち着くまで気が付かなかったけれど小型テレビの真下であった。とはいえ、それを見る人が他に誰もいないので気にならなくなった。 メニューを眺めていたら、元気で明るい店主ママ

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    k10no3 2024/01/24
  • 何度でもまた、どこかへ - chinorandom

    2023年の旅行先一覧 愛知県(名古屋市) 福岡県(筑豊地方、福岡市、門司港) 千葉県(浦安) 島根県(石見銀山、温泉温泉、出雲大社) 徳島県(穴吹、徳島市) 群馬県(富岡製糸場) 新潟県(新潟市、糸魚川) 香川県(坂出、高松市、小豆島) 北海道(網走市) 福島県(新白河) 昨年の中盤……特に夏の終わり頃から少しばかり調子を崩していて、生きるのが苦しく、心身の余力を温存するためにできるだけ引きこもり気味に過ごしていた。そうしたら、かなり快適だったはずなのにとても寂しくなってしまった。自分でもびっくりした。 何にも邪魔されない場所で静かに過ごしていたいのに、それにもしばらくしたら飽きてやめたくなるなんて、贅沢だ。それでもこれが己の性格なのだからどうしようもなく、考えた末に他人に構ってもらう機会を2023年の終盤にかけては増やした。手当たり次第、既知のつながりのある人と連絡を取るようにしてい

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    k10no3 2024/01/01
  • 純喫茶 バウハウス - 窓と草木の隙間から零れる明かり|神奈川県・横浜市 - chinorandom

    今年の晩春に訪れていたJR中山駅前の喫茶店、バウハウス。 ふたたび足を運んだら、前はあったあれが無いな、と思っていた緑のカーテンが復活していて喜んだ。何とも言えない薄く軽やかな素材のカーテン。ワッフルのような格子状の網目によって生み出される奥行きと、深みのある色合い。 それが店内の椅子に張られた布のなめらかな赤と呼応しているから、まるで、カーテンが自分の役割に自覚的であるようにも見える。赤い木の実や赤いを隠す、森の役割を担っているのだと。 とりわけ、今は夜の森だ。時折凍えるような風が吹くと窓も扉もわずかに震えるのが感じられる。外を歩いている人影は物であろうか。それともただ木立の影が、その形を観察している人間に似た姿を、自然と取るようになっただけなのか。 18時を過ぎても開店している喫茶店があるのはこの周辺だと珍しく、暗くなってから近くを通りがかった際、お腹が空いて疲れていても軽や珈琲

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    k10no3 2023/12/02
  • 切り分けた心を奪われる(または巧妙に、自分から差し出すように仕向けられる)ような - chinorandom

    外側の世界で生きる難しさに、必要以上に親切な人間だと思われてしまうと破滅する可能性が高くなる、というものがひとつ数えられる。 脳裏に、陽当たりのよい高台に建つ小さな家の、中でもいちばん大きな窓がある白い部屋を想像した。内側の世界にはないものを。 そこでは丁寧に6等分した円形のパイが皿に乗り、四角い机の中央部に置かれている。ほとんど感じられないほどかすかに発酵バターの香りがする。果物でも肉でも魚でも、鉱石でも織物でも、紙に記された事柄でも……都度、異なる中身が生地の格子でできた牢の内側に詰め込まれ、閉じ込められている。 6等分ならばその数に対応する6人か、余りが出るそれ以下の人数でパイ片を分けるのが、きっとちょうどいい。困らなくて。そう思うのに、なぜかこの世界では、それを必ず7人か8人程度で取り合わなくてはならないような環境に置かれるのが常だった。理由など知らない。ただ、6切れのパイを分ける

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    k10no3 2023/11/21
  • 黄金色をしたワームスプアーの模造品:P・A・マキリップ《ホアズブレスの龍追い人》 - chinorandom

    龍の残留物、になぞらえて呼ばれる強いお酒……苦い金色のワームスプアー。 短編「ホアズブレスの龍追い人」に登場する。 ペカはワームスプアーを作ることもできた。土で学んだ数少ない役にたつことのひとつだった。彼女が作ると、どういうわけか苦味がなくなった。豊かにけむる黄金のなかで熟成して、鉱夫たちに筋肉の痛みを忘れさせ、果てしなくつづく冬に彼らから不思議な物語をすこしずつ引き出していく。 (マキリップ〈ホアズブレスの龍追い人〉(2008) 大友香奈子訳 p.12-13 創元推理文庫) 太陽がふたつ存在する世界の中央にあり、13か月ある1年のうち、12か月間は雪と氷に閉ざされたホアズブレス島。そこには鉱夫たちとその家族が多く住み、金の採掘を生業にしていた。 島から土に渡ったはいいが学校教育にうんざりし、5年で再び島へと帰還した娘、ペカ・クラオは、あるとき同じように外に出て島に帰って来た青年、リド

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    k10no3 2023/11/21
  • 茉莉花茶とアイスクリーム - chinorandom

    中古の器を扱うお店を物色した結果、ノリタケのボーンチャイナ(骨灰磁器)製品から、廃盤になったシリーズ「カリフパレス」のティーカップとソーサーを手に入れた。 コーヒーと兼用ではないティー専用のティーカップらしく、口径がとても広く、いれたての熱いお茶を飲むのに適したごく浅いつくり。全体的にかなり薄くて、釉薬に覆われた表面の艶と白色には言葉にしにくいなめらかさ、なまめかしさがある。唇や舌からは味までもほのかに感じられそうな。実際にお茶を注いだら、水の色が当に綺麗に見えるものだからすっかり感動していた。 取手をつまんで横からティーカップの輪郭を確かめると、波打つ青緑のふちから底部、設置点にかけての曲線に僅かなくびれがあって、だから浅いところと深いところの推移がこういうグラデーションになるのだろうと分かる。淡い彩りの草花が舞うカップ内側の柄の見え方も美しかった。 良い買い物をしたものだ。 私は熱

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    k10no3 2023/11/20
  • 手に入れた瞬間、もうそれに意味はなくなる - ハガード王への哀歌|ピーター・S・ビーグル《最後のユニコーン》そして《旅立ちのスーズ》より - chinorandom

    ピーター・S・ビーグル〈最後のユニコーン〉鏡明訳と、続編〈旅立ちのスーズ〉井辻朱美訳。後者には「二つの心臓」「スーズ」の2編が収録されている。 いずれもハヤカワ文庫FTから2023年秋に改めて刊行されたものを、読み終わった。 最後のユニコーン 旅立ちのスーズ 最後のユニコーン 私はを開いている間、特に中盤以降ずっと、ハガード王のことを考えていた。 少し前にマキリップの〈妖女サイベルの呼び声〉を読んで、あのドリード王に延々と思いを馳せていたみたいに。 あーあ、また「何かを信じられなくなった王様」のこと考えてるよ、この人……って自分に対して呆れていたら、この〈最後のユニコーン〉のあとがきで乾石智子氏が実際に〈サイベル〉の作品名を出したものだから、ちょっと面白かった。 日語版は同じハヤカワ文庫FTから出ていて現在絶版なんだけど、復刊しないかな。……閑話休題。 『だが、わしにはわかっていたのだ

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    k10no3 2023/11/16
  • 喫茶店「珈琲 琵琶湖」梅の屋敷から広大な湖面を想像する11時|東京都・大田区 - chinorandom

    昭和喫茶のモーニング&ランチ 東京編 (タツミムック) 辰巳出版 Amazon 滋賀から遠く離れた東京都にも「琵琶湖」があるらしい。 それは喫茶店の姿をしていて、建物のように装っていながら、あの静かで広大な湖面に宿る心を内に秘めている。扉を開ければいつでも、あの場所の空気に包まれる……かもしれない。 また近江八幡に行きたくなってきた。 大田区、蒲田。 このあたりの地域には何人か友達が住んでいるのに、その実これまであまり歩いてみる機会がなかったものだから、京急線の車両を降りてからずっと周囲を眺めてきょろきょろしていた。 そうやってまわりの様子を観察するのに首や目がいくつもあったら便利そうだけれど、結局そこから得た情報を処理しているのは主に脳になるはずなので、たとえば眼球がふたつ増えたならその分だけ、脳を新たに外付けで追加しないといけなくなるような気がする。もしもそうなったら移動するのに不便そ

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    k10no3 2023/11/11
  • 黒い獣・魔法の系譜・姿を変える者たちの変奏 - パトリシア・A・マキリップの小説から - chinorandom

    先日読み終わった3部作「イルスの竪琴 (The Riddle-Master trilogy)」の余韻に浸りながら、さらにこれまで読んだ作品との関連も含めて、パトリシア・マキリップの描く物語に繰り返し登場するいくつかの要素を考えていた。 特に「妖女サイベルの呼び声」と「オドの魔法学校」を並べてみながら……。 なかでも「妖女サイベル~」に登場した魔術師ミスランが、自分は過去に多くの異なる名前をその都度名乗り、色々な世界で強力な支配者たちに仕えてきた、と述べる場面がある。 原著の "in many worlds" という表現は単なる比喩かもしれないし、もしかしたら当に境界線を越えて、文字通りに数々の並行世界(パラレルワールド)を渡り歩いてきたのかもしれない。それから他に、竪琴弾きのように叙事詩を歌うことのできる白い猪・サイリンが言及する "The Riddle-Master(謎解き博士)" と

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    k10no3 2023/11/09
  • マキリップの《イルスの竪琴》3部作で描かれる、時に過酷な旅と美しい情景 - chinorandom

    「そなたが、私がこれほどまでに愛した者でなければよかったのに……」 (創元推理文庫『風の竪琴弾き』(2011) P・A・マキリップ 脇明子訳 p.363) 『イルスの竪琴』3部作 ・星を帯びし者 ・海と炎の娘 ・風の竪琴弾き パトリシア・A・マキリップ著 脇明子訳(創元推理文庫版) 目次: 《イルスの竪琴》3部作の感想 あらすじ 美しい情景と時に過酷な旅 著者の持ち味、各種の描写 《イルスの竪琴》3部作の感想 人間が抱きうる欲望のうち、知を求める気持ちは私がとりわけ愛おしいと感じるもので、けれど同時に「知りたい」というのはとても危険な願いの発露でもあると分かっている。ある問いにうっかり手を伸ばした瞬間、その勇気ある頼りない腕は恐ろしいほどの力で何かに引っ張られてしまい、身体ごと容易にはこちらの世界に戻ってこられなくなる。 おそらくはモルゴンがそうだったように、彼を見ていた私もそうなってしま

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    k10no3 2023/10/25
  • 生活それ自体の哀しさ / そこに本が存在する喜び - chinorandom

    自分が純粋な「生活」の概念を苦手としているのは、例えば人間が存在して、寝たり、起きたり、働いたりしてまた眠り、目覚める、その繰り返しにこれといった意味を見出せないのが最たる要因だろうと思っていた。ときどき疲れてしまう。だから、単純に生活するだけではいくら頑張っても精神面の充足が得られず、あまり熱心に取り組む気になれないのだと……。 加えて最近、生活の中でただ楽しむための料理(例:写真はそのうちのひとつ、カマンベールアヒージョ)をしばらく続けてみて、分かったことがある。この根的な徒労の感覚について。 徒労。 より詳しく表現するなら、それなりに一生懸命作ったものが、べてしまうとあっけなく目の前から消えてしまうことの、動かしがたい圧倒的な空虚さだ。これはとても大きい。当に、心の底から哀しかった。完成した料理の味がまずければむしろ片付けに清々するのかもしれないが、おいしければおいしいほど、尚

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    k10no3 2023/10/22
  • 猛犬注意 - chinorandom

    青森県、浅虫温泉に宿泊した、昨年の秋の話。 水平線の手前に浮かぶこんもりとした島影を横目に、昨夜宿泊した辰巳館での朝を済ませ、外に出て表通りを歩いていた。 陸地の反対側で何にも遮られず広がる空に、細い指で千切られた綿の形の雲がなびいていて、時間が経つごとに徐々に数を増やしていく。この調子だと正午を迎える前には天気そのものが曇りになるかもしれなかった。 海由来のものを口にして海のそばを歩いていると、どういうわけか身体の一部が沖から来る風とうっかり同化しそうになる。お茶を飲んで念入りに歯を磨いたとしても材の奥底に隠された風味が、あるいはそれらが陸に上がる前に生きていた場所に満ちる水の残滓が、いまだ、元いたところへ帰ろうと強く働いている。 朝でまっさきに思い出すのは平たい貝殻。立ちのぼる強い潮の香り。火にかけられた貝の上にグラタンのごとく具材が煮えていて、あとから溶いた卵を流し込み、よくか

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    k10no3 2023/10/14
  • 西加奈子《通天閣》名も知らぬ他人には取るに足らない自己という物語|ほぼ500文字の感想 - chinorandom

    マストドン上の読書タグの投稿を見て、そういえばこちらのタイトル、確か自分の棚にも(かなーり前から)放置してあったのでは……と積読していたのを出してきた。 表紙が真っ赤。西加奈子「通天閣」は、果たしてどこで買ったのか覚えていない。 "もう十二年ここに住んでいるが、向かいのそいつの名前を俺は知らない。何の仕事をしているのかも知らないし、話したこともない。ただ知っているのは、俺より前から住んでいたということだけだ。" (西加奈子「通天閣」(2009) ちくま文庫 p.13) 街、社会、というのは奇怪な場所。 一生関わる機会もなさそうな人間たちが、一人とは言わずわんさかと、恐ろしいほど近くで「私」の周囲に存在している。 通勤の際に電車で読んでいるといっそう、車内で座ったり立ったりしている乗客それぞれの生活を妄想せずにはいられない。あの、個々の身にその時、どんなことが起こっていようと、いかなる背景

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    k10no3 2023/10/14
  • レイ・ブラッドベリ《塵よりよみがえり》魔族の館と人間の子供|ほぼ500文字の感想 - chinorandom

    「おまえは遣わされたんだ、坊や、わたしたちのことを書き記し、わたしたちをリストに載せるために。太陽を嫌って月を愛することを記録するために。でも、ある意味で、屋敷が呼んだんだ。だからおまえの小さなこぶしは、書きたくて書きたくてたまらないんだよ」 (河出書房新社「塵よりよみがえり」(2002) レイ・ブラッドベリ 中村融訳 p.39) 先日手に取った、同著者「何かが道をやってくる」でも描かれていた〈秋の民〉。邪悪な存在と推測され、魔力を持ち、死なず永遠に存在し続ける闇の住民たち。ジムとウィルにとっては、彼ら家族と町をおびやかした、恐ろしいものだった。 どうやら「塵よりよみがえり」の方では、この秋の民の一族から見た情景や、さらにその屋敷に置き去りにされた『普通の人間』……魔族に育てられたティモシーの物語が描かれていると分かる。 不思議な能力を持った彼らと同じようになりたい、と無邪気に願い、けれど

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    k10no3 2023/09/29
  • 小川洋子の短編集《薬指の標本》《海》とサイダー的官能|ほぼ500文字の感想 - chinorandom

    小川洋子の短編集「薬指の標」と「海」を読んでいた。 2冊のどちらもいくつかの話に(「薬指の標」表題作では特に印象に残る存在として)『サイダー』『ソーダ』など炭酸水が登場し、これがなんともいえず、作者の書くものの色に合っているのではないかと思わずにいられなかった。 炭酸飲料は性質からして官能的な気がする。 こう表現すると、いたずらに性的な感覚を強調しているかのように響いてしまい煩わしいけれど、複数ある辞書上の意味での「感覚器官の働き」の方を想定している……と思ってほしい。 サイダー類の液体がたとえば、あの大小の泡で上唇や口内、舌の先や表面、歯茎、喉をぷつぷつ刺激する感覚や、栓を開けた瞬間の独特の香り、さらにしばらく時間が経って半ば気が抜けた後のごく淡い風味も、甘さも味のなさも、すべてが身体的な神経に作用する。 「海」に収録されたインタビューでは『官能は私の最も苦手とする分野なので』と著者

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    k10no3 2023/09/10
  • F・ボーム《オズの魔法使い》エメラルド・シティの着想源 - 白の都(White City)と緑のゴーグル(Green Goggles) - chinorandom

    参考書籍: ここでよく言及しているH・C・アンデルセンや夏目漱石など、近代に生まれた作家はその時代の影響下にあって、現代のものとはまったく異なる「黎明期・最盛期の万国博覧会や内国勧業博覧会」を目にする機会がしばしばあった。 一部の作品を紐解くと、それらの風景、あるいは登場人物達から見た印象などが、形を変えて記されている場面にしばしば遭遇する。 名作《オズの魔法使い(The Wizard of Oz)》を世に生み出したアメリカ出身のライマン・フランク・ボームも、自分自身の過去の経験や、シカゴで目撃した万博の様相を組み合わせてイメージを膨らませ、物語世界に彩りを与えた作家のひとりだった。 単色に輝く建造物によって構成された壮麗な「白の都(White City)」。 また、現実を変容させる道具としての「緑色をしたゴーグル(Green Goggles)」。 ボームがこれらを目撃したことは、世界で長

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    k10no3 2023/09/07
  • 週間日記・2023 9/4㈪~9/10㈰ - chinorandom

    月曜日に記事公開。その後、1日ずつ順次追加されます 週間日記・2023 9/4㈪~9/10㈰ 9/4㈪「深夜集会」 9/5㈫「第三世代」 9/6㈬「欲望について」 9/7㈭「サイダー」 9/8㈮「換羽」 9/9㈯「頭のスポンジ」 9/10㈰「ドクニンジン」 9/4㈪「深夜集会」 昨日の夜に新潟県の糸魚川から帰ってきていた。そして、今朝は会社の人からの親切な電話で起こされた。驚いた。でもこれが当に幸運なことで、さもなくば起きて出勤することが不可能だったために(恐ろしい)感謝するより他にない。 ふと駅へ向かう路線バスの座席から外に視線を向けていたら、コンビニの駐車場と近隣のマンションを隔てる柵のところに、看板を見つけた。そこには《深夜の集会おことわり》と、書かれていたのだった。 深夜の集会! いうまでもなく、看板の文字が意味するのは「迷惑なので夜遅くにここに集まってたむろしたり騒いだりするな

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    k10no3 2023/09/05
  • ホテルニューグランド「ラ・テラス」の緑色・黄色・酸味が爽やかなサマーアフタヌーンティー|神奈川県・横浜市 - chinorandom

    2023年夏は地元のおすすめホテル、そのロビーでサマーアフタヌーンティーを楽しんできた。8月31日㈭まで。 ちなみに17時以降に予約をすると「スイカのカクテル」が無料で付いてくるため、都合が合うなら断然夕方に行くのがおすすめだった。陽が傾いてからの方が少しだけ涼しいし、それから徐々に薄暗くなっていく中庭を窓から眺めるのもわりと好き。 今回のサマーアフタヌーンティーで提供されたセイボリーやお菓子はけっこう酸味の強いものが多くて、爽やかさを前面に押し出しているのだと感じた。夏らしく、暑くても欲をそそる……。 これがスイカのカクテル。 シャーベット状で、グラスのふちに塩がまぶされたソルティドッグのスタイルは、物のスイカの果肉に塩をかけてべているかのような錯覚をおぼえる楽しさがあった。底の方に溜まった残りはストローで吸う。 ほんのりと淡いピンク色をじっと眺めてしまう。好きな作家のエッセイに「

    ホテルニューグランド「ラ・テラス」の緑色・黄色・酸味が爽やかなサマーアフタヌーンティー|神奈川県・横浜市 - chinorandom
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    k10no3 2023/08/31
  • 夏目漱石《夢十夜》第二夜 より:和尚(宗教)と時計(文明・学問)のあわいに座して悟りを求めた意識 - chinorandom

    昔、預けられていた祖母の家に、壁掛けの振り子時計があった。 八角形の盤面の下に振り子の入ったケースが下がっている、古くてごく一般的なもの。それは来1時間ごとに音を出す仕様であったはずが、私が物心ついた時にはもう部分的に壊れていたようで、時間の方はきちんと刻むけれど鳴らなかった。 それなのに記憶の詰まった箱を開けようとすると、自分はその音を知っている、という気がする。低い音。怖いような落ち着くような、部屋に満ちる空気を震わせる響きを。 もしかしたら家に出入りする誰かが時計の電池を交換する際、接触の関係か何かでたった一度鳴ったのかもしれないし、あるいは完全なる思い込みが生成した幻なのかもしれない。いずれにせよ音を発する時計は自分にとって少し心に引っかかる、ある意味では特別な存在で、気が付くと頭の隅っこにいる。……ときどき。 ちかごろ、近代に書かれた文学作品で、特に「音の出る時計」が出てくるも

    夏目漱石《夢十夜》第二夜 より:和尚(宗教)と時計(文明・学問)のあわいに座して悟りを求めた意識 - chinorandom
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    k10no3 2023/08/30