淫するほどに書物を好む輩を指して「書痴」という。書に痴れきった、なるほど納得の文字列だろう。 大隈重信は耳学問の人であり、自ら読書する習慣は薄いと、そういう噂が既に盛時から高かった。 まあ、 大隈の外務大臣たりし頃、尚ほ少年者の如き、精力充溢して、端然として、長く居るに堪へ得ず。つねに煙草を吹かしながら、立ちて大臣室中を徘徊す。 当時秘書官加藤高明の来りて報告を齎らすや、談少しく長きに渉る毎に大隈即ち立ちて、グルグルと室内散歩を始む。加藤即ち前を見、後を見、左右に振り向きつゝ、以て大臣に面して報告を畢る。(昭和二年『現代人物競べ』177頁) こういう一種極楽トンボ的な人間風景の持ち主が、一冊の書に視線を固定し、さても森厳な貌をつくろい、息を詰めての集中状態を持続する――そういう構図を思い描けるかどうかというと、これは困難としかいいようがない。 耳学問視されるのも、蓋し妥当であったろう。 (