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家族に関するkanonodaxのブックマーク (10)

  • 母親と息子の距離感について

    10歳くらいからだろうか。 母親との距離感が近い、というのは切腹モノの”恥”という強烈な意識を私は抱くようになった。 その意識は思春期の到来によって引き起こされる内面的変化の表れで抱いたものではなく、別のきっかけによって植え付けられたものだった。 当時の担任教師が帰りの会のときに突然 「〇〇君はなんとお母さんのことを『ママ』と呼んでま~す!!wwwwwwwwwwwwwwwww」 とクラスメートの秘密を大声で暴露したのだ。 その瞬間、教室中が爆笑の坩堝と化したことをよく覚えている。 私は担任教師にひたすらドン引きしていたので笑えなかった。 信じられない人もいるだろうが、少なくとも90年代まではこのレベルのキチガイ教師はザラにいた。 また、当時は『ママ』呼びする男は問答無用で気持ち悪い奴という認識が共有されていて(今どきの若い子で公然とママ呼びしている人は普通にいると大人になってから知って仰天

    母親と息子の距離感について
  • 「家族に看取られて死ぬのは恐ろしい」 芸人・ヒロシさんが“1人でいること”を決めた理由|tayorini by LIFULL介護

    「家族に看取られて死ぬのは恐ろしい」 芸人・ヒロシさんが“1人でいること”を決めた理由 #老いの準備お金#楽に生きる#老後の多様性 公開日 | 2021/01/05 更新日 | 2024/05/10 多様な生き方が標榜される現在でも、「老後を1人で過ごすこと」をどこかネガティブにとらえる向きはあります。結婚して家族を持つことを“正解”とし、孤独な晩年への恐怖を煽るような言説も少なくありません。しかし、当にそうなのでしょうか? 今回お話を伺ったのは、芸人のヒロシさん。ソロキャンプ動画が人気のYouTubeチャンネル「ヒロシちゃんねる」は登録者数100万人を超えています。ヒロシさんの動画に見る「山で過ごす1人の時間」は、誰よりも自由で豊かな人生の楽しみ方を教えてくれているようにも感じられます。 2019年には著書『ひとりで生きていく』を上梓。子供の頃から集団行動に息苦しさを感じ、いつしか1人

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  • 障害者の家族こそ、障害者の敵である(少なくとも、ある側面では) - あままこのブログ

    どうも、あままこです。 もう、来だったら前回の記事に引き続き天気の子の話をしたいんですが、twitterを見ていて、あまりに腹が立つというか、「リベラルの中でさえ未だこのレベルなの!?」と落胆するような出来事があったので、記事を書きます。 きっかけはこのツイート。 山太郎は全くわかってない ALSの患者は、気管切開してたら24時間フル介護が必要 国会に看護師を常駐させて、投票時の意思疎通とかやらせる気かよ 国会中に痰吸引の音が響くぞ、やらなきゃ死ぬから、で途中退席は棄権になるし 軽く考えすぎだ がALSの男より な #アベマ選挙SP — yuki shima (@IslandYuki) July 21, 2019 このツイートを、木上ちがやとかいう大月書店からを出したり、論座に記事を書くような人が、以下のように擁護するわけです。 この方のツイートに目も当てられないようなメンションが

    障害者の家族こそ、障害者の敵である(少なくとも、ある側面では) - あままこのブログ
  • 元同級生がLGBTとしてテレビに出ていた

    「これA君じゃない?」 実家の母からテレビのスクショが送られてきた。 それはLGBTの活動団体を紹介するニュースで、その一員としてA君が名前を出して映っていた。 だいぶ風貌は変わっていたが、間違いなく小中学校が一緒だったA君だった。 A君はかなり女性的な男の子だった。 女の子っぽい喋り方をし、女子グループとよくつるんでいた。 修学旅行などの出し物ではいつもスカートを履いて、ステージの上で楽しそうに踊っていた。長い脚にミニスカートがよく映えていたのを覚えている。 だからニュースを見た時も「ああ、やっぱり」としか思わなかった。20数年生きてきたが、高校の先生、大学の先輩、職場の同僚・・・「そういう人」は一般的な環境でもけっこう見かけた。 (さすがにカミングアウトしてるのは2人ほどしかいなかったが) だが母は違ったらしく、「中身が女の子とは思ってたけど、当にそういう人だったなんて」と大騒ぎして

    元同級生がLGBTとしてテレビに出ていた
  • 小林麻央さんの死が「早すぎた」と言うのはやめませんか

    小林麻央さんの死について、周りが勝手に評価しないでほしい。人もブログで「可哀想だと思われたくない」と綴っている。

    小林麻央さんの死が「早すぎた」と言うのはやめませんか
  • 「それでも夫婦を諦めない」苦悩の24年を経てたどり着いた、不倫でも離婚でもない

    第二の人生の始まりとも言われる結婚生活。結婚式自体には華やかな印象がある一方で、実際の夫婦生活は我慢や苦悩の連続とも耳にします。 今回の取材相手である珠帆(たまほ)夫も、そんな我慢や苦悩を抱えた夫婦生活を過ごしていました。度重なるすれ違いに、何度も離婚話が持ち上がったという珠帆夫。そんなお二人は昨年8月、ある一つの決断をするに至ります。 "夫婦関係を続けながら、お互いにオープンな恋人を持とう"。 Facebookにて公開されたその投稿は、いいね数600と非常に大きな反響を呼びました。 お二人はなぜ、お互いに恋人を作ってまでも、夫婦関係を解消しない選択をしたのか。その理由を聞かせてもらうため、お二人の住む北海道まで飛びました。 【プロフィール】 :珠帆義雄(たまほよしお)さん(57歳) :美汐(みしお)さん(48歳) 1通目のラブレターでプロポーズ ソウルで出会った「運命の人」 「ブログ

    「それでも夫婦を諦めない」苦悩の24年を経てたどり着いた、不倫でも離婚でもない
  • 恥ずかしい私の人生

    現在大学2年生のJDなんですがお先真っ暗だし人生先が見えないから書く。 恥ずかしくて匿名でしか書けないギリギリな内容の話題ばかりなので多めに見てほしい。(フェイク混ぜてます) スペック:親が自営業、女姉妹の真ん中っ子、中学受験から6年間女子校温室育ち、その後美大(今)見た目がある程度いい(ある程度。) 端的に言うと、人との付き合い方も、夢も希望も無くなってしまい、人生無駄に過ごしてるって話。 時系列で話す。 割と他人にちやほやされて育った。真ん中っ子だからか1人でなんでも出来る子で、友達は仲良い子1人いれば十分だったし、家族ぐるみで付き合いなど一切ない家庭で、多分幼い頃から同年代との関わり方を知らないで生きてきたんだと思う。サンタを信じさせようとする親や姉の振る舞いを保育園の頃に悟る、妙に聡い子。人のサンプリング、情報源が漫画やアニメしかなく街中で男の人を見つめては「この男の人見つめたら私

  • 患者本人の視点「私をアルコール依存から救い出した妻がとった行動とは?」 | もう一生分のんじゃった!

    夫をを、そして家族を救え!私はお酒をやめたアルコール依存症者である。 いや「によって救い出されたアルコール依存症者」と言うべきであろう。 当時、浴びるように酒を飲んで自暴自棄になっていた私は、とても自分一人の力・意思だけではとうてい立ち直れない状態にあった。 「そのとき私のがとった行動とは?」 途切れとぎれの記憶を遡り出来るだけ詳しく書き残す。 アルコール依存症患者への「家族の対応例」として同じ様な境遇で苦しんでいるご家族の方の、一助になれば幸いである。 だからいち早く私の異変に気づき行動した「何よりも優先すべきは酒」 振りかえればこの時すでに私は完全な「アルコール依存症」であったのだが、はいち早く私の異変に気づき行動にでた。 そのときは何をしたのか? それは際限なく酒を欲しがる私に「好きなだけ酒が飲める環境を与える」ことだった。 その当時、私はまだそれなりに責任のある仕事をこ

    患者本人の視点「私をアルコール依存から救い出した妻がとった行動とは?」 | もう一生分のんじゃった!
    kanonodax
    kanonodax 2017/03/18
    奥さん素敵だなー。すごい!
  • 末期がん患者家族が出来ることは?後悔しない為に末期がん患者家族に私がやったことは? | 古着、卒団式、クーポン買い物情報

    家族が末期がんって知らされると「えっ!何で?あんなに健康に気を付けていたのに・・・」って信じられない気持ちになりました。 今から8年前だったかな。最近は思い出す事はなくなりましたが、がん病期間中、亡くなってからは辛かったです。 でもあの時やってよかったな~と思える事があるので、紹介します。 父親が大腸がん末期ステージ4 腸閉塞で手術をしなければいけないので手術をしたのですが、腹膜、リンパ節へ転移しており、手術の予定時間よりも随分早く終わりました。 その時にダメだったんだな・・・と家族で悟りました。 取り合えず、腸閉塞の手術はしましたが、転移が多いので取り切れず後は抗がん剤で・・・という感じでした。 5年生存率 ネットで調べたところ5年生存率10数パーセント。 「そんなの嫌だ!」と思い図書館の参考図書の難しいが並んでいるところで調べたのですが、どのも5年生存率がほぼ10数パーセントなんで

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    kanonodax 2017/02/12
    半年前に末期癌の父を送った。医師の余命よりも2年長く生きた。食べたいものを食べさせて父が心地よいように日々を丁寧に過ごした。時々寂しくなるけど、良かったのだと思う。
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